023 不審者が不審である所以
幼稚園を壁の隙間から覗いている、見るからに怪しいおじさんがいた。
少し不安を感じ、声だけでもかけておこうかと近寄ると、僕の死角になっていた壁にも同じように中を覗く大人たちが他にも。
そうか、幼稚園に入園したばかりのこどもが心配なんだ。
親とはなんたるかを語る際の定型句に「親というのはこどもを守るためになんだってする」なんていう言葉があるけど、親って我が子のためなら不審者にだってなっちゃうんだなぁ。
そういえば、少し前まではこの言葉からの涙のエンディングが刑事ドラマや医療ドラマの定番だったよね。
親と仲の悪いこどもが臓器提供を拒否して、でも最後には「愛されていたんだ」って臓器を提供したり、犯罪者でも私の息子ですからって親が身代わりになったり。
でも、そんな世界が空想だったかのように、少しずつその展開も複雑になっている。
「親がみんな、いい親じゃない」
複雑な社会情勢、家族のあり方が、フィクションをも侵食して、世の中の当たり前になりつつある。
フィクションなんて理想でいいじゃない。
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-もの-
OAKLEY FORAGER
おじさんを不審者だと想った理由、それはサングラスとマスク。
サングラスって、どこまでいっても不審者感があるよね。
人は目から気持ちを伝える。その目を隠すから不審なのかな。
僕は元々怪しい雰囲気があるから、少しでも不審者感のないサングラスをにしようと、形が丸くてすこし間抜けな感じのこのサングラスを選んだ。
まっ黒だけど「怖い」なんて言われたことはない。
「いけすかないね」
たまにそう言われるだけ。