プロフェッションの矜持
おはようございます!
職業として、聖職者、医師、法律家を
三大プロフェッションと呼ぶことが多い。
何故、この3つの職業が
そう呼ばれるかと言うと、
通常の人では持ちえない高度な技術をもち、
かつその技術は危険なものであるため、
高度な倫理観を必要とするから
と私は解釈しています。
人を切りつけたら犯罪ですが、
医師免許があるから崇高な仕事となります。
人を牢屋に閉じ込めたら犯罪ですが、
司法の免許があるから厳正な仕事となります。
いわゆる両刃の剣です。
危険な技術だから、
やれるけどやらないという
自制心、倫理観が必要です。
*
さて、
聖職者がどのような危険な技術を持つか、
私はあまりイメージできませんでした。
しかし、最近の報道を見ると、
そういうことかと思い当たります。
たしかに現世で苦しむ人を
助けることもできるけれど、
悪用すれば人を苦しめることもできる。
しかし、聖職者に資格制度を持ち込むのは
ナンセンスでしょう。
現世(の価値観)で苦しむ人を救えるのは、
ある種、現世(の価値観)を超越したところに
あるからです。
であるならば、
聖職者同士でお互いを律する
ということがあってもよさそうです。
法曹界も医学会もそうした組織はあり、
お互いを律しています。
聖職者がそうした動きをすると、
宗教戦争になってしまうのでしょうか?
その危険を乗り越えて、
聖職者同士で自らを律する活動は
行われているのでしょうか。
「8時だヨ!神仏集合」とかいうラジオ番組や世界の宗教家が集まって運動会
をしていたような気がします。
今日もよろしくお願いします。
安島
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