医者、カウンセリングに行く。その2
続き。
一口にカウンセリングといっても色々あるが、あくまで自分が受けた印象から言うと、カウンセリングの本質は”気づき”にあると思う。
多くのカウンセリングは、恐らくだが日常生活で何らかの困った事例を契機に執り行われる。例えばそれは親と上手くいかなかったりだとか、僕のように仕事をしていて困った事が発生したりだとかだ。
そういった問題がなぜ発生するのかは、突き詰めて言えば己の行動パターンに何らかの問題があるからだ。
多くの人は、基本的には同じような行動パターンを日々繰り返しやって生きている。例えば、嫌なやつはいつだって大抵嫌なやつだし、挨拶をあまりしない人は挨拶をあまりしないで生活している。
このように、人間というのは違う日々を生きてはいつつも、毎日同じような行動パターンで生活を営んでおり、この行動パターンが特定の場面にカチッと当てはまった際に、大惨事ともいえる問題が発生する。
だから問題の発生を事前に止めたいのなら、己の行動パターンを根本から変えるか、特定の場面が出現した際に事故が発生しないように気をつけられるようにならなくてはならない。
世の中には様々なカウンセリングがあるが、どんなに姿形をかえたとしても、本質はこの”自分がどういう時に問題を起こしてしまうのか”に対する”気付き”を得る事だけだと思う。
その気付きを得られるかどうかは、カウンセラーの腕と、自分自身がどれだけ真剣に自分の人生と向き合えるかがカギだと思う。
さて、僕の話に戻ろう。
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