プライドを上手に売らなくては、うまく生きていけない

禅の逸話で「コップに入った水を捨てなければ、新しい水は入れられない」というものがある。似たような話を聞いたことがある人も多いだろう。

これを聞いて多くの人は「何を当たり前な事を言っているんだ」と思うだろう。僕もこのエピソードを聞いた時は、同じような感想を持った。


それから随分と時が流れ、僕はこの話を全く別の角度からよく考えるようになった。


例えばである。僕がTwitterをやり始めた2013年頃は、よく「働きたくない」というワードがツイッターランドで満ち溢れていた。


「人に使われるだなんて、ボロボロに使い捨てられるようなものではないか」


こんな感じの言説に共感の嵐が雨あられのように降り注ぎ、労働者から資本家へクラスチェンジしようだとか、さっさと独立して労働の旨い汁を吸いたいという意見が、よく見られていたように思う。


まあ、そんな事を言っても多くの人は実際には労働をしなくちゃいけないわけで、ぶーたれつつも労働に駆り出された人間が多かったわけだけど、そうやって諦めて労働にコミットした人間の多くは、当初のように資本家やら独立といった道を歩んでいるようにはみえない。


別にこのこと自体を悪いものだとは思わない。というかむしろ良い事のようにすら思う。かつて資本家を羨ましく思った人であれ、実際に働いてみて、労働者としての適性を見いだせたのなら、それはそれで人生はうまく行っているだろうから。


むしろ、それよりも労働者としての適性を見いだせなかったタイプの人の方が問題である。どういうことか?それは…プライドを上手に売れなかったという事である。


プライドを捨てると、新しいナニカが入ってくる

99%の人はモテない。実は誰でもモテる方法がある。それは…

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