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話すことはない
遅く起きた連休初日の朝、娘はやっぱりうんこの話でにやりとしていました。本当にうんこの話が好きだなあ。というより、それ以外に面白いと思える話はないってことなんだろうな。そう考えると娘は笑える話のひとつも存在しない世界を生きているんだな。
それって怖い。
昨夜は娘が寝たあと私が眠れなくなってしまいました。ようやく寝たのは3時。連休なのでどうしても眠ければ昼に寝たらいいのですが、それにしてもちょっと。それでいて朝は6時頃に目が覚めました。さすがに睡眠足りないって。そこから二度寝して次は7時過ぎ。眠れない。諦めて起きました。ご飯を用意したり洗濯を始めたり。ゴミも出しに行きたいけど外に出るのが億劫。
娘が起きてきたのは10時過ぎでした。猛烈に眠そう。寝付きが悪いので楽しい話を、ということでうんこを連呼。チカラの抜けた感じでニヤリとする娘。脱力も笑顔をいいことです。うんこ、すごいな。
朝食は炊き立てご飯と味噌汁、アジの南蛮漬け(缶詰)とタマネギスライス、だし巻き玉子、野菜の浅漬。ご飯にはごま塩。いい感じの朝食でした。
昼頃にゴミ出しついでにドラッグストアへ。トイレットペーパーや洗剤など。
3時過ぎにまた散歩を兼ねて買い物。いい天気、なのかなあ。日に当たってけっこう疲れました。
帰宅すると娘は寝場所を移動していました。和室のベッドで寝ています。あちこち寝場所を変えるのは生理前っぽいです。どうなんでしょうか。
私が風呂掃除をしている間に移動していました。自分の部屋で熟睡しています。少し静かに寝かせておくか。夕食のなにかを買いに行くか。
外に出たらもう暗くなっていました。いつものスーパーに行く前に少し歩くか。
歩いているうちによくわからない感情が込み上げてきました。
なんか意味のある会話がしたい。内容はどうでもよくて、うんこうんことかではなく論理や意味のある会話をしたい。いや、論理や意味も無くてもいいのかもしれない。
娘とは意味のある会話が成立しないので、なんだか自分も娘の妄想の世界に引きずり込まれつつあるような、そんな危惧さえ感じつつ。
暑くも寒くもない夜の通りに人影はほとんど見当たりません。車は通るのに歩いているヒトはいない。通り過ぎるバスの車内には知らない顔。明るく照らされ運ばれていきます。
娘と長い時間を過ごしているとこちらも意味や論理を失いそうで。
通り過ぎる家々の明かりを見ると不思議な気持ちを感じます。この中には自分の知らない誰かがいて自分とは一切関わり合いのない人生を送っている。これから先も今までもまったく関係のない他人が立ち並ぶ家々の中で生きている。
このあたりで30年ぐらい過ごしてこの道も数え切れないほど歩いているというのに、この空間は私のものでもなければ私が属する世界なのかも怪しいです。知らない世界。なんのつながりもない世界。つながりがあるのは娘だけ。家の中だけが私の世界で他は私の世界ではない。
それでも世界は拒絶はしない。ただ無関心に在るだけ。世界は関心を持たない。拒絶はしない。むしろ娘のほうが私の存在を否定し拒絶しているのではないかと。意味のある会話が成立しないことには意味などないはずなのにそれにこそ意味があるのだという本末転倒な理解に至りかねないぐらいに不安定な私の気持ち。
フラフラと歩いているうちに気持ちや思考がどんどんおかしな方向に溶け出します。私はなにをしているのか。娘はなぜ意味のある会話ができないのか。
ぐるっと回っていつものスーパーへ。もしかするとスーパーの店内は家にいるより落ち着くかもしれません。
今日は料理はしたくないな。かといって弁当やカップ麺も食べたくない。歩いている途中で見かけた店で食べてきたほうがよかったのか。でも店に入る気力もない。なんか適当に惣菜とか買ってそれで済まそう。
帰宅。娘は起きていました。無言でメシを用意して食ってクスリを飲んでもらって。
特に話はしません。
話すこともありません。
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