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帰ってきたら水びたし

「水びたしだからッ」

玄関の扉を開けて明かりが点いていると娘は起きているのだなとわかります。何だ起きてたのかあと思って声をかけようとしたら予期せぬ素早い足音、そして切れのある声。

「水びたしだからッ」

状況はすぐに把握できました。廊下が水びたし。それはつまりトイレの水が溢れたということです。

「うんこ詰まらせた?」

「んあ」

廊下の向こうで娘がなぜかキリッとした表情で立っていました。どうして近づいてこないのか、それは廊下の広い範囲が水びたしだからです。

「わかった。水びたしなのね。流すから。すぐに流すからね」

背中のリュックは玄関の靴箱の上に。上着も。脱いだ靴下も。

すぐ手前が水びたしなのはわかりますが、どれぐらいの範囲までなのかはわかりません。娘が立ち止まっているあたりまでだとするとかなりだな。

足を踏み出しました。うわ、予想以上だ、これは。久々にすごいの来たな。

「トイレットペーパー流し過ぎなんだよ」

先日来、娘にはトイレットペーパーを大量に使うなと言ってあります。でも、ただ単に「大量に使うな」ではダメです。もっとこう、どれぐらいの分量が適正かを伝えないといけません。どれぐらいが適量なのでしょうか。なんと伝えたら良いのでしょうか。

トイレの扉から始まって玄関方向、反対側は洗面所を超えて娘の部屋の扉の前まで。しかし、不思議なぐらい匂いはしません。もしかしてうんこじゃなくて水だけ溢れたとかなのか。

トイレの扉を開けました。これはひどい。トイレの中も水びたし。蓋を開けっぱなしの便座には大量のトイレットペーパーとうんこ。なんてこった。

少し様子を見るとかそういう段階ではありません。迷わずスッポン(ラバーカップ)を使う状況です。

ラバーカップは洗面所です。濡れた廊下を移動して洗面所へ。電気を点けて驚愕。濡れたタオルが何枚も洗面台に溜まっていました。

「タオルで拭いたの?」

「んあ」

遠くから娘の返事が聞こえてきました。大変だったなあ。がんばったんだろうなあ。すんげえ焦ったんだろうなあ。娘の慌てふためき具合とその後の絶望を思うとなんだか笑えてしまうように思えて。人生、まだまだ色んなことがあるなあ。

うんことトイレットペーパーまみれの便器にラバーカップを迷わず突っ込み、ぐっと押し付けてからややゆっくり引き出します。たちまち流れ出す便器の中身。一撃です。

「一撃だったよ」

「んあ」

それから洗面台のタオルを洗って絞ってびしょ濡れの床を必死で拭きます。タオルはどうせ汚れているわけで、他のを使うよりこれを使って後でしっかり洗えばいいのです。何度も洗って絞って拭いて。洗って絞って拭いて。洗って絞って拭いて。何度目かでようやくある程度まで水気を拭き取ることができました。

それにしてもこういう時は雑巾を使ってくれたらいいのになあ。でもそれも慌てた娘ががんばった過程なんだろうなと思うとやっぱりなんだか面白い気もしてくるのです。なんだろうなあ、ちいかわががんばってるのを見てる気分でしょうかね。

トイレの床は大変でした。それでもなんとか拭き取って、便器と便座はトイレ用洗剤とトイレットペーパーできれいに掃除して、使ったタオルは何度も手洗い、水びたしになったトイレマットも手洗い、娘が濡れた足を拭いたと思われるお風呂マットも手洗い。それらを洗濯機に放り込んで洗濯開始。私の手は洗剤や石鹸を使いすぎてパサパサです。最初の段階で手袋しておけばよかったけど、キッチンまでたどり着けなかったから無理か。

娘の足はシャワーで洗ってもらいました。私の足もシャワーで洗います。水気を拭き取って、さて、今日の夕食はどうするか。まずはキッチンです。今朝、「ごはんあるよ」というメモを置き忘れたので娘は炊飯器の中を確認していないでのはないかという予想通りご飯は手つかずでした。サバ味噌食べてるけどサラダもカブのぬか漬けも食べてない。そして低脂肪乳2パックと朝に用意しておいたピッチャーの麦茶とコーン茶が空になってる。また飲み物ばっかり飲み過ぎなんだよ。でもこれ、ご飯がないと思ったから飲み物で空腹を紛らわせていたのかも。夕食はしっかりご飯だな。

そんなことを思っている私の後ろから娘が声をかけてきました。

「もうトイレ行ってもいい?」

「ん? いいよ。あ、もしかして溢れたからずっとトイレ我慢してた?」

私の話は聞かずに娘はトイレにダッシュしていました。

そのあと、水が溢れた時の絶望感について聞いてみました。

「絶望した?」

「疲れた」

その表情が本当にほとほと疲れ果てている表情で、それを見た私はまた少し笑ってしまいました。

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高島利行
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