幕間1 ~兵士のため息~
7年前のあの遠征は、なんとも胡散臭い任務だった。応募制で、遠征に参加するだけで無条件に階級がひとつ上がるという。内容は北地方に行くということ以外あやふやなものだった。若さもあった、野心もあった。そこにつけ入られた新兵たちが何人もいて、先を越されるくらいなら参加してやる、そう思った。
でも、間違いだった。あの3ヶ月は地獄だ。思い出したくもないが、水槽の中の彼女を見る度に思い出す。同時に、決して忘れてはならないことも、思い出す。
水槽の中の彼女を助け出すことは、兵士や囚われの少女たちを救った、あの娘の遺言だった。不思議な力だった。北の民、フリードは魔術を研究している。そんなことは噂だと思ってた。
思い知った。魔術の威力を、そして、自らの無力を。娘は腕の中で息絶える直前に、フリードの少女たちを逃がしてと、何度も、何度も、言っていた。自分の命が絶えようとしている時にだ。だから、水槽の中の彼女は、まだ生きている彼女くらいはいつか自分の手で救い出すんだ。そう思って7年が過ぎた。
今日も誰にも見つからないように持ち場を離れて、水槽の中の彼女の命があるかを確認しに行った。彼女の顔を見ると、早く偉くならなければと思える。偉くなって、前王が始めたこんな馬鹿げたこと、早くやめろと王に進言してやるんだ。でも、今日は違った。彼女は水槽の中ではなく、下働きの格好をした少年に連れられて、研究室のドアから出てきた。
『おい! お前たち何してる!?』
そう声をかけたが、一目散に走っていく。脱走か。その娘は自分が助け出すはずだった。追いかけなければ、いや緊急ベルだ。城の中では、兵士に囲まれ袋のネズミだ。
いや、違う。7年間、何も出来なかったじゃないか。偉くなって彼女を救う? いつになるかも分からない。自分に助けられるはずはない。兵士は大きくため息を吐いた。それなら自分に出来ることは何か。
数分後、見張りの兵士が戻ってきた。相変わらず杜撰な仕事をする野郎だ。
『マンデル少将! なにか御用で』
見張りの兵士はこちらを見つけるなり、慌てて近寄ってきて敬礼をする。
『君、ちょっと話がある。ちょっといいかい』
『は! しかし、私は職務中でして』
さぼっていたくせに白々しく嘯く目の前の兵士を苦々しく思いながらも、にっこりと笑って世間話に花を咲かせた。君は子供はいるのかい、と。
自分に出来ることはこのくらいだ。今まで上げてきた階級が少しだけでも、彼女が逃げおおせる手助けになっているような気がして嬉しかった。
どうにか逃げきってくれ。そしてどうか、幸せな人生を送れますように。