「悪天略図(あくてんりゃくず)」第1話
あらすじ
ごく普通の高校生、尾上篤はある夜、異星の少女ルネと出会う。
いわば宇宙版の動画配信者を生業とする彼女の来訪の目的は、彼女たちからすれば未接触種族に当たる地球人を動画の題材にしてバズることだった。
そんな不純な動機から始まった篤への密着取材は、地球人の感覚では意外なきっかけで爆発的に拡散され、篤は一夜にして宇宙じゅうのユーザーの注目の的となる。
だがその中には篤の人気に便乗して自身の知名度を上げようと企む配信者も存在した。
――そしてその襲来をきっかけにルネの真の目的および秘密、またそれを巡るある大企業の陰謀が明らかとなってゆき、篤は否応なくその渦中に巻き込まれてしまうのだった。
世界観
時は現代。しかし宇宙の中心となる文化圏に目を向ければ、そちらの文明水準は地球のそれを遥かに凌駕していた。
その卓越した技術力を以ってかねてあらゆる生産、物流の機械化および自動化に成功し、よって貨幣経済から脱却し、人類が能動的に対価を得なくても生活できる社会を実現しているのである。
つまりその社会の人々は誰もが働かなくても食べるに困らず、様々な保障によって、居ながらにしてあらゆる欲求を満たすことができるのだった。
――ただ自由過ぎるがゆえに生じてしまう欲求もあった。
それはおのずと生じてしまう大量の閑暇を消費するための欲求、消閑欲求である。だからこれを満たしてくれる「娯楽」が、最も人々の需要を獲得していた。
そしてその娯楽産業において最も高い人気を誇るのは映像コンテンツである。
それらの制作と配信、あるいは放送を担う映像業界は長年五大巨頭と称される五つの企業が牛耳る寡占状態にあった。
各社が傘下に収める放送局およびそのネットワークは勢力圏の広大な宙域を隈なく網羅し、あらゆる媒体から発信されるその映像作品はあらゆる分野を網羅し、約四兆世帯におよぶ市場の覇を争っていた。
そんな無数の分野のうち最も高い人気を誇るのは、やはり戦闘を見世物にするリアリティ番組である。究極にまで達した社会における娯楽の究極は、最も原初的な「暴力」への回帰というわけだった。
各社ともそれに注力した結果、各社とも内容は酷似していた。それぞれに専属の戦士と呼ばれる、宇宙じゅうから厳選した戦闘能力に長ける精鋭たちが互いに戦い合う様や、辺境の惑星における彼らの狩猟の様子を中継するというものである。
登場人物(第1話)
【ウアイラ】
五大巨頭の一角、ディルーグ社に所属する戦士。常に仮面で素顔を隠している。同社の戦士のうちでは人気、実力とも最高位を保っているが、表情が窺い知れないうえ寡黙なため女性ファンは少ない。
【ユージィン】
同じくディルーグ社所属の戦士。ウアイラに次ぐ戦闘能力で彼と人気を二分している。しかし容姿に優れることから彼とは逆にファンの比率は圧倒的に女性が高い。
【ヒラクチ】
ディルーグ社傘下の放送局所属のプロデューサー。そうした役職にありながら自ら現場に立って陣頭指揮を執る現場主義者。ただそれは他局に視聴率競争で勝つことを至上とする主義にも起因する。
登場人物(第2話)
【尾上篤(おのうえ あつし)】
高校一年生。剣道部所属。母子家庭ゆえ母に負担をかけまいと、スポーツ推薦での大学入学を目指して日々鍛練に明け暮れている。ある夜、日課のランニングの最中にルネとの邂逅を果たす。そしてそれをきっかけに、五大巨頭での覇権を狙うディルーグ社の陰謀に巻き込まれることに。
【ルネ】
異星人の少女。といって外見、生態とも地球人とほとんど差異は無い。彼女らの社会では既に成人の年齢で、いわゆる動画配信者を生業としており、ディルーグ社の運営するプラットフォームに日々動画を投稿しているが、新人ということもあって成果は芳しくない。そこで手っ取り早くバズる方法を模索する中で地球人をその題材とすることを決め、地球を訪れる。――そんな風に彼女がことさら成功を急ぐのにはある理由があった。
第1話
※「第1話」と銘打っておりますが内容は本編の前日譚に当たるプロローグとなっております。こちらは本編の布石となるもので、またその背景を端的に説明する用に好適であると考えて挿入させていただく次第です。
導入
――物語は件の、戦闘を主題としたリアリティ番組の映像から始まる……。
実力に準じて選抜されたディルーグ社所属の戦士たち百名が恒星間宇宙船に乗せられ、とある辺境の惑星へと赴く様だ。 彼らの目的および番組の内容は現地に棲息する生物の狩猟である。
「狩猟」といっても原則武器の使用は禁じられ、しかも対象となるのは人体を遥かに凌ぐ体長を持つ巨獣に分類される個体に限られた。戦士たちにはそれだけの能力があり、またその実力を測ることも番組の目的だからだ。
開幕
やがて船が目的の惑星の大気圏に突入すると戦士たちはその高々度から各自地上の任意の座標へ降下し、制限時間内の捕獲あるいは駆除した巨獣の頭数、サイズ、種類に設定された点数の合計を競い合うのである。
併せて過酷な環境下でのサバイバル生活も強いられ、その全容は勢力圏内の全宙域に展開されている情報通信網によってあらゆる星の、あらゆる世帯に隈なく届けられた。
その媒介となるのはカメラを搭載した大量の小型無人飛行機である。各機、戦士たちの降下とともに船内から投下され、彼らの動向を自律的に、逐一収めていった。
着地地点を誤っていきなり巨獣に捕食される者、環境に耐えかねて脱落する者が相次ぐ中、ウアイラとユージィンは果敢にもその大陸の頂点捕食者に当たる巨獣に挑み、共闘の末討ち取ることに成功。共に最高の成績を収めるのだった。
余波
二人の活躍で番組は熱狂のうちに終了し、同時間帯に配信、放送された番組では最高の視聴率(各世帯に配給されている端末が放送局の電波を受信した統計と、通信回線を介したチャンネルへの同時接続数を合算した数値)を獲得した。
のみならず終了後もソーシャルメディアを中心に視聴者の話題をさらったが、熱狂は他方、ある疑問を生み出す素因ともなった。それは、
「今のウアイラとユージィンが戦ったらどちらが強いのか?」
というものである。
二人には過去幾度か対戦経験があるものの、成績は互角だった。しかもいずれも二人が新人の期間に限られ、長らく干戈を交えていない。
だからこそ現状どちらの力量が優っているのかという疑問は大いに大衆の興味を惹き、再戦を期する声は日に日に高まっていった。そしておのずと実現の機運も日に日に高まっていった……。
会議
こうした世論に応えることが社是であるだけにディルーグとしては無視できかね、とうとう編成部の企画会議において本案が議題として取り上げられるに至った。
だが首脳陣は実現に対して及び腰だった。あるリスクが伴うからだ。大衆のほとんどは敗者の死を以って決着する「決闘」を望んでおり、従って実現した場合、せっかく今日まで育ててきた人材をあたら失いかねないのである。
これに反駁を加え、決闘の強行を訴えたのはプロデューサーの一人、ヒラクチだった。
論拠としては、
「仮にいずれかが命を絶たれるようなことになってもその損失を補って余りある利益を我が社にもたらすだけの秘策を用意してあります」
というものだった。さらに彼は、
「実現した暁にはこの分野で長らく他社の後塵を拝している我が社の苦境を打破できる上、他社の鼻を明かすことにもなるでしょう」
と主張した。
結局はこの強弁が決め手となって本案は社長の承認を受け、ディルーグの正式な企画として動き出した。そしてその責任者に任ぜられたヒラクチは、本人との交渉役も買って出るのだった。
交渉
ヒラクチは早速交渉に取り掛かった。まずは決闘についてユージィンに打診してみる。が、固辞された。
曰く、
「同輩との争いや無用な殺生を避けたいこと以上に、すでに引退を視野に入れているので」
との理由である。
それでもどうにか実現にこぎつけたいヒラクチは契約の解除を持ち出して脅迫したが、ユージィンは翻意しなかった。それによって最大の恩恵を失ってしまうにもかかわらず。
「恩恵」とは禁星という惑星に定住する権利である。
そこは勢力圏のいわば首都に当たり、五大巨頭の本社が置かれ、その従業員や関係者の住居が集中しているのをはじめインフラも充実している他、生産、物流といった都市機能の中枢でもあり、住民は常に最新かつ最高のサービスを享受することができた。
また戦士以外では――いずれも上位の者に限られるが――俳優、ミュージシャン、スポーツ選手、動画配信者、その他クリエイターといった成功者も定住を許され、活動の拠点としている文化の中心地でもあった。そのためそれ以外の人間にとっては羨望の対象であり、定住を夢見る者が後を絶たない理想郷であった。
ユージィンはそんな理想の暮らしを自ら捨て、妻とまだ幼い息子とともに別の惑星に移住すると断言したのである。
発動
交渉は決裂し、前言通りユージィンとの専属契約を解除したヒラクチだったが、彼は寧ろこうなることをこそ望んでいた。というのは契約に縛られなくなったことで、より高視聴率の見込める企画を実行に移せるからだ。それはウアイラにユージィンの自宅を襲撃させ、決闘を強いるというものである。
上役に対しては、
「このままユージィンを放置しておけば早晩他社が彼の獲得のために動き出しかねません。いや寧ろ進んで交渉したがるでしょう。我が社に恥を掻かせるために」
と企業の要諦というべき外聞を刺激することで合意を取り付けさせた。
もう一つの合意は既に得ていた。ウアイラに襲撃のいわば加害者を申し出たところ、彼はすんなり了承した。
「仕事だから」
という理由だけで。
かくして企画は発動し、二人は社命という大義名分のもと、当夜の襲撃を実行するのだった。当夜を選んだのはユージィンに逃走の猶予を与えないためと、他社に余計な横槍を入れさせないため、何より最も人口の集中している宙域における、いわゆるゴールデンタイムに襲撃の模様を放送、配信するためだ。
ウアイラの後を追う十数台のカメラ付き小型無人飛行機が中継する生放送は本来の予定を変更した緊急特別番組という体裁で開始された。それは当然というべきか、常よりも多数の注目を集めた。
カメラを引き連れながら侵攻するウアイラは、AIロボットをはじめとした厳重な警備システムを単身で突破していき、ついにユージィンの自宅を侵すのだった。
説得
無論ユージィンはつとに侵入者とその正体に気付いていた。が、自動運転車に乗せて逃走させた妻と息子を守るためにもウアイラとの望まれぬ対峙を果たさねばならなかった。
そして応戦もそこそこに、この望まれぬ戦いの不実を嘆くのだった。
「視聴者や会社の人間の思惑のためだけに仲間を手にかけるのか」
そのうえ停戦を呼び掛けもしたが、ウアイラは、
「仕事だから」
という一言のもとに断じ、取り付く島もなかった。
なおもユージィンが暴力による解決の無意味を説く様を放送局の調整室から観戦しているヒラクチは、無線で連絡しているウアイラに対して戦いを引き延ばすよう命じた。ユージィンの言動が家族を逃がすための時間稼ぎに過ぎないと知っていながら。
なぜならその間にも上昇を続ける視聴率のほうが重要だったからだ。
調整室のモニターに刻々と数字が更新されてゆく表示を見、それに関する部下からの報告を聞きながら、ヒラクチは現場の緊迫感そっちのけで独り狂喜しているのだった。それは延いては自身の昇進が決定的になったことにも懸かっていた。
決着、そして……
視聴率が絶頂を迎えた瞬間、勝負は付いた。といってもウアイラが指示通りのタイミングでユージィンを組み伏せたに過ぎなかった。
さて期待される決着を前にして、突如それが視聴者の一存に委ねられる旨が実況の口から伝えられた。
つまりこれから視聴者に対するアンケートが実施されるのである。AIが案出した選択肢から視聴者が択一すると、それが回線を通じて集計され、最も票を集めたものを勝者が実行に移すという趣向であった。これこそがヒラクチが利益を確約した秘策だった。
十秒と経たず全視聴者の端末の画面に表れたのは以下のような五択である。
1:全員の助命
2:妻子の助命
3:子供のみの助命
4:妻のみの助命
5:全員の殺害
これらが提示される以前からヒラクチは手を回していた。配下に命じて逃走中の車両を追跡させていたのである。彼らはたちまち妻と息子の身柄を拘束し、自宅まで連れ戻していた。
かくして舞台は整ったわけだった。視聴者は新たな試みにいたく感興を表し、嬉々として締め切りまでの三分間に票を投じていった。
ちなみに戦士による番組内での殺人は法によって正当な権利として保障されていた。つまりカメラが回っており、メディアがそれを中継している限り、彼らのあらゆる行為は合法となるのである。
とある親子の会話
――禁星に建つある豪奢な邸宅にて番組を視聴している親子がいた。
父は傍らの、まだ少年の域を出ていない息子に語りかけ、
「どういう結果になると思う?」
と集計結果を予想させた。
息子は少し考えてから答えた。
「『3:子供のみの助命』が選ばれると思う」
その理由は、
「まずメインの視聴者層は社会階級の低い男性。だから女性人気が高い上に女優と結婚し、家庭を持ち、幸せに暮らしているユージィンは普段からヘイトを買っているので、まず助ける選択肢は消える。その上で子供だけを残すのは、そうすれば彼によるウアイラへの復讐劇という未来が期待できるから」
というものだった。
父は鋭い指摘だと感心しつつも異を唱えた。彼の予想はこうだった。
「実はユージィンよりも憎まれているのは他でもない息子のほうだ。何せ大半の視聴者と違い、生まれながらに恵まれた環境を与えられ、恵まれた一生を送ることが約束されているからだ。なので『3』が選ばれることは残念ながらありえない。
この中で大衆が助命を望むのは……妻しかいない。彼女は現役の女優。彼女だけが残されれば自分が後釜に、と男どもが儚い夢を見るからだ。ゆえに最も票を得るのは『4』だろう」
――直後、集計の結果が発表された。
結果
それは父の予想通りであった。
この結果を受けてウアイラはただちに父子の殺害を実行した。そして番組にリアルタイムで表示されるチャット欄には、独り残され、泣き崩れている妻に対して、「自分のものにしたい」といった趣旨の心無いコメントが大量に流れていた。
さらに父は、
「選択肢はAIが導き出したものと謳っているが、実際のところは制作側が考案したものに違いない」
と暴露した上で、それが視聴率のためだけではない見事な謀略であると賞賛し、その妙を息子に説いていった。
「とはいえ娯楽としての需要だけでなく会社側の需要も満たす見事な一手だった。動機はともかくこれで戦士を志望する者は増加し、次回開催されるディルーグ主催のオーディションには前回よりも多数の志望者が押し寄せるだろう。たとえ一人のスターを失ってもそれを補って余りある利益、つまり数えきれないほどの次期スター候補を得られたんだからこれ以上の成功は無い。
確かにユージィンの息子を新たなスターに仕立て上げる筋書きもある。しかしスターが生まれる見込みでいえば、どちらに勝ち筋があるかは明白だろう」
実は彼は他局のプロデューサーを務める人物であった。だからこそゆくゆくは後継者に、と考えている息子の後学のためにこんな試問を仕掛け、また制作者としての心得を語るのだった。
「俺の跡を継ぐつもりなら覚えておけ。コンテンツとその人気の持続に最も必要なのは常に新規参入者を開拓すること。つまりどれほど多くの人間に、いかに夢を見させるか、という作り手の手腕に懸かっている」
エピローグ
かの特番は終わってみれば当年における全局の最高視聴率を更新するほどの成功を治めた。その立役者となったヒラクチは自らの昇進と他社の人間が歯噛みする様子を想像しながら悦に入るばかりで、犠牲となったユージィンや家族への弔意など微塵も無いようだった。
後日、ディルーグ本社において記録更新を祝するパーティーが開かれた。そこでヒラクチが喝采を受ける一方、もう一人の立役者であるウアイラは参加すらしておらず、自宅において瞑想にふけっていた。
――ところ変わってある惑星。その居住区の、市民に宛がわれる集合住宅の自室にて録画したウアイラの戦う様を夢中で視聴している少女がいた……。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?