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「悪天略図(あくてんりゃくず)」第2話




第2話


ユーフォー

 かの特番を鑑賞していた少女はルネといい、あれから十数年を経た現在は動画配信者ストリーマーとして活動していた。そして多くの同業者がそうであるように禁星アガーデでの生活を志しており、そのために動画を制作、配信する毎日だった。
 そうして自身のチャンネルの人気が高まれば親会社の運営する事務所に所属でき、その後ろ盾を得てチャンネル登録者が十億人を突破すれば定住のための権利書が発行されるのだ。が、さすがに競争の激しい世界で、活動を始めたばかりの彼女には遠い道のりだった。
 そこでAIに一計を案じてもらうことにした。
何でもいいから手っ取り早くバズる方法ない?
 質問に対してAIは前例の無い題材が望ましいと回答。併せて提示された複数の候補のうち、ルネはとりわけユーフォーと俗称される未接触種族に興味を引かれた。
 その名は過去に派遣した調査船が撮影した映像にある、こちらに向かって「ユーフォー」と連呼する特徴に由来した。
 つまりその種族とは地球人のことだった

根回し

 ルネはユーフォーの映像を見ながら、
こいつらへの密着はどう? まだ誰もやってなくない?
 と、さらに問うた。AIは肯定しながらも反対を表明した。
 化外けがい(ルネたちの属する国家を統括する機関である星間連合に加盟していない国家の総称。つまり勢力圏外)の文明への干渉は相手の権利の侵害に当たり、何より私人の立場で国交の無い相手と接触する行為は星間法に抵触する、との理由である。
 ルネは反論した。
じゃあ公人としてならいいよね?
 要するに過去の例に倣って調査員として地球に赴くつもりだった。早速その募集を見つけ出し、応募した。
 彼女たちの社会では規定の教育課程を修了しており、且つ規定の年齢に達していれば無条件で就労が可能であった
 それでなくとも成り手が少ないことから申請は簡単に通り、試験も形式的なもので難なく合格でき、無事調査機関への所属が完了。晴れてルネは地球への渡航を許可された。


いざ地球へ

 かくしてルネは後日、機関から貸与たいよされた調査船に搭乗し、「公人」の立場で単身、地球へと発つのだった。
 化外の宙域との境界に設けられた出入域管理施設の検問を通過するなり、超光速航法を以って地球圏に到達した。
 ――早期警戒衛星や防空網を備えている地球の文明水準を実際に確かめてルネは感心したものの、これを掻い潜るのは造作も無かった。
 というのは船体を被覆する電磁メタマテリアルが光を透過し、また電波を吸収する性質を有しているため、被探知性を極端に低減できるのだ。
 こうして調査船は誰にも探知されることなく大気圏に突入しおおせ、地上へと迫るのだった。
 着陸地点はAIが適切な座標を指定した。現在日光が当たっておらず、且つ人口密度が低い地域で、さらに灯火の乏しい場所である。

遭遇

 そのように最大限人目を避けた座標は、日本のとある地方都市の山中であった。
 ――近辺では篤が日課であるランニングに励んでいた
 それに気付いたルネは突然操縦を手動マニュアルに変更し、何を思ったかわざとそちらへ舵を切った!
 機関と事前に交わした契約書に、現地の知的生命体との接触は固く禁ずるという条項があるにもかかわらず
 当然AIは警報とともに針路の変更を命じるが、ルネは依然従わないばかりか船体の隠蔽を解除しつつ着陸したのち、自ら篤の目前に姿を現すのだった。
「こんにちは」
 と覚えたての日本語を交えて。
 それは偶然接触してしまったという既成事実を作り上げ、密着を実現する企図きとによった。
 AIはすぐにもこの違反行為を報告したが、ルネは意に介さなかった。業界には視聴者の支持さえ得られればよほどの大罪でない限り不問に付されるという不文律があるからだ。
 また機関に報告が届くまでに多少時間がかかることも一因である。とはいえ急ぐ必要はあった。
 ルネは引き続き日本語を学習させた翻訳機を介して篤と意思の疎通を図った。防疫ぼうえき対策はしてあるので密着しても問題は無い、と力説して。
 一方篤は呆然としていた。特異な状況に置かれたことに加えて言葉が通じたからこそ。が、すぐにも自分が宇宙人とのファーストコンタクトという、おそらく史上初の事件の当事者となったことを自覚して、こんな欲望に囚われた。
この映像があれば大金持ちになれる!

接触と下心の一致

 早速スマホを取り出して盗撮を試みた篤だったが、UFOは再び透明になってしまった。肩透かしを食ったものの直後に、
「家行っていい?」
 と向こうから願ってもない申し出があって、即座に了承した。
 こうして互いに取材を目論んでいるという奇妙な関係が成立したのだった。
 ――ルネと共に帰宅した篤は、彼女の存在を母に悟られないよう忍んで二階の自室に連れ込んだ。そこで盗撮を再開し、「動画」のために改めて事情を聴けば、
地球人の動画でバズるために来た
 と同じ動機が返って来た。
 篤は驚いたが、宇宙にも自分たちと似たような文化が存在するらしいと知って関心を新たにし、どんなコンテンツが人気なのか知りたいと願った。
 ルネは応じて端末を取り出し、ある映像を見せた。くだんの、異星の巨獣を戦士が狩る番組を録画したものである。
 異形の怪物や人間がほふられている残虐性はもとより、そんなグロテスクな映像が無修正で提供されているという現実に篤は恐怖した
 そして吐き気を催し、慌てて一階のトイレまで駆け下った。

嘔吐

 篤は嘔吐した。その最中、ルネが背後でカメラを回しているのに気が付いた。慌てる篤に対して、ルネは何故か感動を露わにしていた。
 彼女にとっては未知の機能だったからだ。精神的な要因で胃の内容物が逆流し、やがて吐瀉としゃに至る身体的反応など彼女たちには備わっていないのだ
 ルネは感動の余り、
今のどうやったの? もう一回見せて
 などと懇願した。
 こんな騒ぎが、程近い居間にいる母に届かないわけはなかった。駆け付けた母はまず、
「そちらは?」
 と、謎の少女の存在をいぶかった。泡を食った篤は咄嗟に自分の彼女だと偽った。
 すると母は意外にもルネに帰宅を促すだけで不問に付した。いかにも事情を汲んだような表情で。
 何であれ篤にとってはありがたい誤解である。早速これを利用して、
「じゃあ家まで送ってくる」
 と言いつくろい、難を逃れた。
 ――とりあえず時間を潰すために近所を歩いているとルネは出し抜けに、
「さっきの動画、私のチャンネルに上げてもいい?」
 と先の嘔吐をアップロードする許可を求めてきた
 さすがに拒む篤だったが、
「……そっちだって同じことするつもりだったくせに。私のこと盗撮してるの、気付いてないとでも思ったの?」
 と急所を突かれたことでつい了承した。
 かくしてルネが喜んで帰船するのとは対照的に、篤はすごすごと引き返すのだった。
 ――さて帰宅した篤に対して母は相変わらずの訳知り顔でルネのことを追求するでもなく、
「彼女、ちゃんと大事にするのよ」
 と大人の振舞いをするだけだった。

バズ

 一方のルネは船内にてかの一連の編集作業を終え、動画として投稿したところだった。
 それはたちまち驚くべき成果を挙げた。投稿した途端、みるみる十万回再生を突破したのである。皆ルネと同じく、自分たちにはない「ユーフォー」の特性に興味を引かれたのだった。
 併せて登録者も増えてゆき、ルネは初めての成功体験を味わった。興奮の余り、深夜にもかかわらず船を駆って篤の部屋へ窓から押しかけ、熟睡していた彼を叩き起こし、さらに再生回数が伸びてゆく興奮を分かち合った。もはや成功は疑いなかった。
 こうしてルネはさらなる人気を当て込んで、改めて篤への密着を宣言するのだった。

人気とその代償

 翌日、さすがに学校への同行は断られたルネだったが、「彼女」という設定を利用して彼が登校するなり部屋に侵入し、ネタを探った。
 ――一方の篤は下校途中、見慣れない少女に声を掛けられる。
「一緒に写真を撮ってくれませんか?」
 予想外の事態に固まる篤に対して彼女は、
「動画を見てファンになったんです」
 と告げた。それで正体が宇宙人だと知れた。ただの高校生が、宇宙では一夜にして有名人になっていたのである。
 篤は戸惑いながらも少女の美貌に浮かされて承諾し、共に写真に収まった。友人や周囲から注目されて悪い気はしなかった。
 ――帰宅した篤はルネが自室に居座っている上、散らかしていたことで怒りを覚えた。が、注意に留めた。
 そうした機微は容易にルネに見抜かれ、
「何かいいことあったっぽいね」
 と言い当てられてしまう。観念して先の体験を話すと、
「真に受けないほうがいいよ」
 と真剣な忠告が返ってきた。
 次いで写真がアップされた少女のアカウントを特定すると、女優の卵であることを突き止め、こう推測した。
「近々大作映画のヒロインのオーディションが開かれるから、そのために好感度を上げようって魂胆だろうね。『私ってこんな未開の種族とも仲良くできちゃう人なんです』って感じで。コメントもほら、そういう内面の美しさを絶賛するやつばっかり」
 忠告は続いた。
「今後もこういう、君を踏み台にしようって手合いが現れるだろうけど相手にしないように」
 ただその真意は、
化外が調子に乗るな
 といった少女のファンの辛辣なコメントも見受けられたからだった。さすがに直接伝えられなかったが、備えは必要である。そこで、
「もし危険を感じたらこれで連絡して」
 と通信端末を渡すのだった。
 しかしこの時アンチが生まれたことがのちに出来しゅったいする大事件のきっかけになろうとは、二人は知る由も無かった……。

#創作大賞2023


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