”Buonviaggio!” アントレ誌掲載エッセイ(2011)
ここ2週間ほど、イタリアのアンサンブル「ラ・ヴェネシアーナ」のメンバーとして、トスカーナのカスティリオンチェッロ・デル・トリノーロという、とても小さな、だが楽園のような美しい風景が見渡せる山上の村、とシエナでのコンサート、その後一週間はモンテヴェルディのオペラ「ウリッセの帰還」のレコーディングのためにずっとイタリアを旅していた。
カスティリオンチェッロとシエナのコンサートの間に一日だけあった休日、同僚の何人かとドライブに出かけた折に、ピエンツァという街を訪れた。丘上にある街の中心を通る大通り(といっても馬車が一台通れるくらいの幅だが)を歩いていると、その通りに対して右に直角に入る細い横道、そ
のどれもが美しいパノラマを見渡せる高台に続く、が4本連続していた。気付いたのは、その数本ある小路のネーミングであったが、その名前は、順に「via della fortuna幸運通り」、「via dell'amore愛の通り」、「via del bacioキス通り」、と続いていた。寂れた観光地にでもありそうな、とも思ったが、古くにイタリア人が付けたものなのだろう、その陳腐に傾きそうな名が妙に似つかわしい、古びてはいるが可愛らしい佇まいが不思議でもあった。そして、幸運、愛、キス、と来たら、次に何が来るのだろう?
閑話休題。いわゆるバロック・チェリスト、という名を付けられるようになって以来、コンサートで取り上げるレパートリーの大部分は、一般に知られていない作曲家の作品、作曲家が有名であったとしても、その知られざる作品、となった。また生来の天の邪鬼気質も加担して、そうした多くの人が知らない、だが有名な作品に劣らない魅力を持った音楽を演奏、紹介できることに喜びを感じてもいる。その場合、音楽家側は常に充実した気持ちをもって臨んでいるものだが、興行的にはいつも難しい問題を抱えているのも確か。そのジレンマに悩まされるのにもそろそろ慣れてきた頃かもしれない。
例えばほとんどの人が聞き知っているヴィヴァルディの「四季」は、お決まりの観光ルートとして誰もが訪れるヴェネツィアのサンマルコ教会・広場のようなもの。その両方の美しさを否定するつもりは毛頭ないが、学校の音楽鑑賞に始まり、あらゆる場面で繰り返し流され聞かれる「四季」と、ヴェ
ネツィアと言えば、と必ずテレビ、雑誌、ガイドブックに映像が目に焼き付くほど繰り返し紹介されるサン・マルコの立ち位置は重なって見える。
ヴィヴァルディには「四季」以外にも、優れた協奏曲、器楽作品は数多くあるように、ヴェネツィアにはサン・マルコ広場を離れても沢山の美しい教会や趣ある小路がある。大通りから離れた、小さな道の味わいは実際通ってみないと分からない。地図を頼りに、次にどんな風景が目の前に現れるのかを楽しみに街を散策するのは、イタリアで覚えた旅の醍醐味でもあった。それまで知らなかった音楽を初めて弾く、聴くときの楽しみは、初めての路地を散策するときのその驚きにとてもよく似ている。
冒頭に述べた小路の名、幸運、愛、キス、その順番で来たら、その次は、と誰しもロマンティックな結末を期待するものだが、果たしてその次の通りの名は、「via buia暗闇通り」であった。二人を包む優しい夕闇なのか、先の見えない未来を象徴した皮肉な暗闇なのか、それは分からない。いずれにしても未来は見通せない「暗闇」の中、その暗い道程に光を当てるのは、そこに一歩踏み込む私、もしくはこの文章を読んでいるあなた自身。幾許かの不安を抱えつつも、次に何が現れるか分からない道を歩くことほど楽しいことはない。
2011年10月20日
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