知らない、知らなくていい、…知りたい。
私は何も知りません。
今日、あの人は仕事に行っています。
私は何も知りません。
今日、私はあの人が仕事に行くという言葉を信じています。
私は何も知りません。
昨日、仕事先でもらったというお土産を食べました。
私は何も知りません。
昨日、仕事先でもらったお土産は、あの人が一度食べてみたいと願っていたものでした。
私は何も知りません。
知らないことは、知らなくていいのです。
私は何も知りません。
誰かがいろいろ知っています。
昨日聞いたんだけど、湖に行ってきたんだってね。
誰かがいろいろ知っています。
昨日聞いたんだけど、最近出かけすぎなんじゃないの。
誰かがいろいろ知っています。
昨日聞いたんだけど、駐車違反取られたんだってね。
誰かがいろいろ知っています。
昨日聞いたんだけど、あんまり飲み過ぎない方がいいよ。
誰かがいろいろ知っています。
昨日聞いたんだけど、もう少し気を使ってあげなさいよ。
誰かがいろいろ知っています。
誰かが知っていることを、私は知りません。
私の知らない、誰かが知る何か。
聞きたくないんです。
不景気だから仕方ないよ。
聞きたくなんです。
仕事の事はうちでは言いたくないな。
聞きたくないんです。
頭の悪い奴が多くて助かるよ。
聞きたくないんです。
嘘をつくのは嫌いなんだ。
聞きたくないんです。
なんとでもなるんだよ。
聞きたくないんです。
知りたくないと思ったとき、聞かなければいいことを知りました。
知りたくないと思ったとき、知ろうとしなければいいことを知りました。
知りたくないと思ったとき、目を背ければいいことを知りました。
知りたくないと思ったら、知らないままでいることができる事を知りました。
私は何も知りません。
私は何も知らないのです。
私は何も知らないまま、何かを知る人のもとから消える事にしました。
何かを知る人は、何を知っているのでしょうか。
―――大丈夫
何かを知る人は、何も知らない私のことをどう思っているのでしょうか。
―――大丈夫
何かを知る人は、何も言わずに消えた私に気が付くでしょうか。
―――大丈夫
何かを知る人は、何を思うでしょうか。
―――大丈夫
何も知らない私は、これから知りたいことを知っていこうと思います。
知りたくないことは、知らなくてもいいのです。
知りたいことは、知ればいいのです。
私は何も、知りません。
だから私は、裏切られていない。
だから私は、蔑まれていない。
だから私は、笑われていない。
だから私は、かわいそうな人では、ない。
何かを知る人は、私が何も知らない人だと知っています。
何かを知る人は、何も知らない私がいなくなったころ、何も知らずに自由に過ごしていることでしょう。
いつか、何かを知る人は、何も知らない私が、何かを知っていたのだと思うかもしれません。
いつか、何かを知る人は、何も知らない私を、思い出すことがあるかもしれません。
私は、何かを知る人のことを、知りたいと思いません。
私は、何かを知る人のことを、知りたいと思わないのです。
私は、何かを知る人のことを、知りたいと思いたくないのです。
何かを知る人が何も知らないうちに、何も知らない私は何かを知る人から離れるのです。
何かを知る人の、知らないうちに。
何も知らない私は、何かを知る人を置いて、知りたいことに手を伸ばす旅に出ました。
知りたくない世界にいた私は、知りたいと思う事のあふれる世界でただ貪欲に手を伸ばしています。
知りたいと思うことが多すぎて、知りたくないことを思い出す時間がありません。
知りたいと思うことが多すぎて、知りたくないことを思い出す時間が存在しません。
知りたいと思うことが多すぎて、知りたくないことを思い出そうとすることすら、ないのです。
知りたいと思う事は、知ることができるようです。
知りたいと思う事は、いつか知ることができるのです。
私は、知りたいことがたくさんあります。
私は、知っています。
私は、知りたいことを知るために、前を向いていけることを。
私は、知っています。
私は、知りたいことを知るために、知る必要のないことを知らなくてもいいという事を。
私は、知っています。
私は、知りたいことを知るために、知りたいと思うことが生きる糧となることを。
私は、知っているのです。
私は、まだ私の知らない、私が知りたいことがたくさんあることを知っています。
私は、まだ私の知らない、私が知りたいことに出会うために、生きています。
私は、まだ私の知らない、私が知りたいことに出会うために、これからも生きてゆくでしょう。
知りたい何かに出会うために生きる私は。
きっといつか、生きる意味を知るのでしょう。
きっといつか、生きてきた意味を知るのでしょう。
そしていつか、知らなくてよかったことは、知らなくてよかったのだと、何も知らない誰かに言う日が、やってくるのです。