ぼたもち
ミカには、苦手なものがありました。
おばあちゃんの作る、ぼたもちです。
ベタベタしているし、ボソボソしているし、ねちょねちょしているし、ごはんがつぶれていて気持ちが悪いし、甘すぎたりしょっぱかったりで落ち着かないし、見た目も泥団子みたいでマズそうだし、どうしても好きになれなかったのです。
ママはおばあちゃんのぼたもちが大好きで、美味しい美味しいと絶賛してはいつも四つも五つも食べるのですが、ミカは一つを食べ切るのさえ苦痛でした。パパも必ず二つ食べるし、弟のゲンキも小さいのに三つも食べて…家族の中でミカだけが、おばあちゃんのぼたもちがキライだったのです。
マズいわけではないのですが、口の中に残る違和感と甘すぎる味が嫌で、お茶で流し込むようにして食べなければいけませんでした。昔、食べ切らないで残したらママにこっぴどく怒られたので…我慢して食べるようにしていたのです。
早く食べ終わってしまうと、もっとお食べなさいと言って追加分を出されてしまうので、極力ゆっくり、でも美味しそうに食べるよう気を使う必要もありました。
おばあちゃんの家にお泊まりに行くと必ずぼたもちが出されるので、お盆が近くなるとミカは気が重くなるのです。ミカは、嫌いなものを美味しいと言って食べなきゃいけない夏休みが憂鬱でなりませんでした。
今年もおばあちゃんの家に行く時期がやってきました。
ミカは、今年こそはおばあちゃんのぼたもちを食べずに済ませたいと、秘策を練りました。
「ママ、私、おばあちゃんにクッキーを食べさせてあげたい!」
「ええ?いいけど…おばあちゃん、料理には結構うるさいよ?」
ミカは今年、クッキングクラブに所属しました。クラブ活動でクッキーの作り方を覚えたので、それを利用しようと思いつきました。たくさんクッキーを作れば、それを食べてお腹がいっぱいになったからと言ってぼたもちを食べなくて済むと考えたのです。
材料と調理器具を持って、おばあちゃんの家に泊まりに行くことになりました。
「あらあら…今日は、ミカちゃんがおばあちゃんに美味しいものを食べさせてくれるのかい?」
「うん!キッチン、借りるね!!」
おばあちゃんは、ミカのクッキー作りを手伝ってくれました。
ミカよりも生地を練るのが上手で、型抜きをするのもとても手際が良くて驚いてしまいました。
卵を表面に塗ってつやつやにする方法を教えてもらったし、うち粉で真っ白になったクッキーの表面を刷毛で掃除する方法も教えてもらいました。学校ではトースターを使いましたが、おばあちゃんの家にはオーブンレンジがあったので、こんがりと焦げずに焼くことができました。
おばあちゃんと一緒に作ったクッキーはとても美味しくて、驚いてしまいました。
つぎからつぎへと、クッキーに伸びる手が止まりませんでした。おばあちゃんも、ママも、パパも、ゲンキも、少ししか食べないので夢中になって食べました。
とてもぼたもちを食べる余裕がなくなってしまったので、さりげなくパパに食べてもらうことに成功しました。ミカは、自分の作戦が成功したことを心から喜びました。
「ミカちゃんもクッキングが大好きなんだね。おばあちゃんもミカちゃんぐらいの時は、色んなものを作ったものだよ」
ミカは、自分のクッキーをモリモリと食べながら、おばあちゃんの昔話を聞きました。
「中でも一番よく作ったのは ぼたもちでね。皆が美味しい美味しいと言って食べてくれるのが嬉しくて…何度も何度も作ったんだよ。でも、おじいさんだけは…いつまでたっても、ぼたもちがキライでねえ。毎回マズそうな顔をして、お茶で流し込んでいたっけねえ……」
ミカはおじいちゃんに会った事がありません。でも、おばあちゃんの話を聞いて、とても親近感を覚えました。
そして、もしかしたら、ミカがおばあちゃんのぼたもちを苦手だと思っていることはバレていたのかもしれないと思いました。(おばあちゃん、ごめんなさい。一生懸命作ったぼたもちなのに、まずいとしか思えなくて…。)
「ミカちゃん、これから何度も何度も、クッキーを焼くといいよ。作れば作るほどに、おいしく焼けるようになるからね」
「こんなにおいしいのに、もっとおいしくなるの?!」
ミカは驚いてしまいました。
これ以上美味しくなったら…どんな味がするというのでしょう!
「大きくなったら…自分の子供や孫にそのクッキーを作って食べさせてあげるんだよ?きっとみんな喜んでくれるからね」
ミカは、これからおばあちゃんのうちに来る時は、クッキングを教えてもらおうと心に決めました。
そして、いつかぼたもちの作り方を教わって、美味しいと言って食べられるようになるといいなと思いました。