不器用
陽キャのツレに誘われて、占いに行くことに、なった。
「ここマジめっちゃ当たるんだって!シゲちゃんも見てもらえよ!!パッとしねーんだろ?」
「ああ、うん…。」
リア充のごり押しを、跳ねのける力なんか、僕には、ない。言われるがまま、一回2500円の霊視占いという奴を受けることになってしまったのだ。
……僕は占いなんて、信じない。
あんなのは、統計学的なものだと思っている。一人一人違う人生があるはずなのに、顔の形で性格を決めるとか、血液の違いで向き不向きを決めるとか、生まれた日で人生を決めつけるとか、ばかばかしいと思っている。
いつだったか、姓名判断という奴をしてもらって、ずいぶん腹を立てたのだ。
―――まわりにはいいひとがいっぱいいるけど、あなた自身がひどい。
―――生まれ持った運命はあるんだけどねえ…
―――頑固だね、そのくせすぐにあきらめる。
―――いい人で通ってるけど、それで終わるかな?
―――恵みに気が付けない、不満の多い生き方しかできない…
一緒に占ってもらった彼女の手前、笑って流す事しかできなかったが。
…僕はあの時の怒りを一度だって忘れたことはない。
「はい、初めまして!ええと、今日はお二人?相性占い?ふふ…。」
「違います。」
…これ見よがしな水晶と、箸立て?がテカテカした布の上に置かれている。紫色の服に身を包み、肘をついて、手の甲の上にぶよぶよした顎を乗せ…やけに余裕のある様子で、中年女性が俺とツレを見る。
……正直、品定めをされているようで、気分が悪い。
「…じゃあ、あなたから見ましょうか。」
ツレから占ってもらう事に、なった。
…ツレはかなりいいことばかり言われて、上機嫌だ。
少し自信過剰なところがあるけど、それが魅力になっている。
人の話を聞かないが、自分で正しい道を選んでいる。
力を持っているし、力を使うタイミングを理解できているから、何の心配もいらない。
まだ出会えていないかもしれないけど、必ず幸せな家庭を築ける。
今はいざというときに動けるように蓄えをするといい…。
いつも周りを巻き込んで色々やらかす、それを周りがフォローしてなんぼの、ツレ。
誰かが制止するのを振り切って、強引に物事をすすめがちなんだよ。会社じゃずいぶん猛烈社員として名高いらしいけど、気弱な社員を何人も辞めさせていたはず。こんなブルドーザーみたいなやつに付き合えるような女がいるのか?毎週飲み会やってるこいつが、金をためる事なんかできるはずないと思うけど。
「俺あまりにも出会いがなくて!毎日働いてるだけで、生き甲斐が見つけられなくて!」
「これからいくらでも見つかるわよ、お金貯めときなさいね!」
こんなのはただの世間話と愚痴吐き、ちょっと気分の良くなるセールストークに過ぎないじゃないか。
…内情を知る僕は、2500円がどぶに捨てられたのを、しかと目に焼き付けた。
「ええと。じゃあ、次、あなた、お名前と生年月日…お願いします!」
占い師の差し出した紙に、名前と生年月日をかきこむ。…その様子を、まじまじと、見つめているようだが…。
「蛙池重雄さんね。…なるほどねえ、何か聞きたいこと、ある?」
「聞きたいというか、僕…うらないってあまり信じてなくて。その、昔、ひどいことを言われた、ので。」
姓名判断の件を、手早く、話そうとしたのだが。
「あなたはねえ…不器用なのね、一言で言うと。」
フィギュア原型師をしている僕に向かって…不器用だと?
誰とも揉めごとを起こさない、職場で仏と呼ばれる僕に向かって…不器用だと?
全然当たってないじゃないか!!
…僕の2500円は、どう考えてもドブ行きだ。
「人の話を鵜呑みにするのはやめた方がいいわね。」
僕は慎重な人間だ。いつだって人の話は参考程度にしか聞き入れない。他人の言葉をすんなり受け入れる?とんでもない!!!
「自分の意志を貫くことに必死になってしまうみたいね。」
僕は温厚な人間だ。誰かにもらった意見には、極力従うようにしている。自分の意志なんてのは、平和を目指すなら放り出すべきなんだ。
「逃げ出すことは、解決方法じゃないことを頭の片隅に置いておくといいわ。」
僕は責任感がある人間だ。やりかけの仕事を投げ出したりなんか…一度だってしたことは、ない!
「全部裏目に出るから、あまり深く考えずにね。」
「…分かりました。」
ああ、よくわかったよ!!
占いなんて一切当たらないってな!!
「なんかめっちゃ当たってたな!!俺さ、しばらく慎ましく暮らすわ…。」「・・・はは、それもいいかもね。」
「重ちゃんはやけに厳しいこと言われてたな、意外だった。こんなにイケメンで優しいのにさ。」
「そんなことないよ、僕なんか…つまんない男だよ。」
「つまんなくなんかないよ!一生俺の親友さ!!」
「・・・ははは。」
その親友というのは、いったい何人いるんだかね…。
僕は、チャラい親友なんて…お断りだ。
今後はベタベタした付き合いをやめよう、振り回されて気分が悪い。
ツレは、それから本当に無駄遣いをやめてしまった。
毎週あった飲み会は月イチになり、そのうち半年に一度になり。
…しばらく会っていない日が続いた、ある日。
「俺結婚することになったわ!!式、来てくれるよな!!!」
「あ、ああ…。」
…全然、知らなかった。
…親友だったんじゃ、なかったのかよ。
居た堪れない気持ちで、式に、出る。
一回り大きくなっていた新郎は…やけにいい笑顔で、愛想を、振り撒いて。
「シゲちゃん!嫁さんの友達がさ、独身なんだって!紹介するよ!」
「…あはは、そうなんだ。でも僕今忙しくて……。」
見ず知らずの女なんて…めんどくさい。
これから新しい人間関係を作らなきゃいけない、こっちの身にもなってみろよ。
自称親友と縁が続くのも…めんどくさいな。
僕以外にもたくさん友達がいるようだし、僕にこだわる必要、ないだろう。
幸せそうなツレの顔を見るのがめんどくさくなった。
幸せそうなツレの相手をするのがめんどくさくなった。
いいタイミングで、異動の話が出た。
引っ越しと同時に、携帯を変えた。
面倒なツレとの縁を切った。
僕は、一人が、気楽でいい。
人との付き合いなんて、めんどくさいことこの上ない。
気を使わないといけない毎日?
怒りをこらえなきゃいけない毎日?
言いたいことを言えない毎日?
自分ばかりが我慢している。
自分ばかりが苦労している。
自分ばかりが努力している。
僕の周りで、ニコニコとしている奴らが、うっとおしい。
僕は、お前たちを笑わせるために生きているんじゃない。
…僕は、何のために、生きている?
親の世話を、するために。
自分の、生活を、送るために。
自分が、自分で、あるために。
一人で過ごす、気楽な、毎日。
―――まわりにはいいひとがいっぱいいるけど、あなた自身がひどい
―――生まれ持った運命はあるんだけどねえ…
―――頑固だね、そのくせすぐにあきらめる。
―――いい人で通ってるけど、それで終わるかな?
―――恵みに気が付けない、不満の多い生き方しかできない…
…時折。
…呪いのように、姓名判断の占い師の言葉が、襲い掛かる。
外れているとしか思えない、ひどい言葉が、いつも脳裏に浮かぶ。
僕は、何十年も昔の、たった一度会っただけのばばあの一言に、ずっと、ずっと苦しめられている。
僕は信じてなどいない、占いの結果なんて。
信じていないのに、言葉だけが僕を責め立てるのだ。
―――人の話を鵜呑みにするのはやめた方がいいわね
―――自分の意志を貫くことに必死になってしまうみたいね。
―――逃げ出すことは、解決方法じゃないことを頭の片隅に置いておくといいわ。
―――全部裏目に出るから、あまり深く考えずにね。
僕は、十年も昔に、たった一度会っただけのばばあの言葉が、忘れられない。
僕は信じてなどいないんだ、占いの結果なんて。
信じていないのに、言葉だけが僕をいつまでたっても解放してくれない。
…最近、僕の手が、震えるように、なった。
…加齢のせいか、長年の飲酒の賜物か。
細かい細工を得意としていた僕なのに、スパチュラが使えなくなってしまった。
デザインナイフも、リューターも、長年の愛用品がすべて使えなくなってしまった。
「わからなかったら、聞いてくださいよ!どうして自分一人で解決しようとするんですか!」
原型制作部から、委託窓口に部署変更することになった僕に、後輩が憎まれ口をたたいた。複合機の紙詰まりを直そうとしたら、予想外にパーツを破損させてしまったのだ。
「忙しそうだったし、出来ると思ったから。…ごめんね?」
気を使って、謝ってやると。
「…今どき紙詰まりも直せないとか…蛙池さんって、不器用なんですね。」
―――あなたはねえ…不器用なのね、一言で言うと。
僕は…不器用に、なってしまったと、言う事か。
あの、占いが、当たってしまったと、言う事か。
呆然とする僕に、後輩が細かい説明をしているが…一言も耳に入ってこない。
「…蛙池さん、聞いてるんですか?!そんなにやる気ないなら辞めたらどうなんですか!!!」
一際大きな声が、聞こえてきた。
…そうだな、辞めるか。
…ここは、不器用な僕がいていい場所じゃない。
…新天地で、新しく始めてみよう。
「あはは、ごめん、ぼーっとしてた。」
僕は、辞表を書くことを決め。
…にこやかに、後輩に、笑顔を向けた。
気にするくらいなら聞かなきゃいいのにってね…。
気になって仕方ないなら、自分の納得する事を言ってくれる占いを探してみてもいいんじゃないでしょうかね。わりとカードなんかは人によって解釈が違うんで、ドラマチックな感性を持つ人に読んでもらうと面白かったりするんですよ、ええ。
あとは、自分以外の生き物は無神経だと決めつけて蔑んで生きていくのも手ですかね(やけくそ)