嫁に出した猫
へその緒がついたまま捨てられていた五匹の赤ちゃん猫を拾った、私。
プルプルと震える猫たちにミルクを飲ませ、おしりをポンポンやって。
目のひらいた猫たちのかわいいこと!
出しっぱなしの爪の痛いこと!
離乳食の食べ方のヘタな奴にうまい奴その他もろもろ。
在宅仕事であることを実にフルに生かして、子猫へと成長させることに成功した。
一匹、猫好きのおうちに嫁に出した。
四匹の猫が残った。
オス二匹にメス二匹。
ずいぶんマイペースなオス二匹。
かなりしっかり者のちびっこいメスが一匹。
めちゃくちゃ甘えっ子のメスが一匹。
オス二匹としっかり者の猫は部屋の中でのびのびと暮らしていたが、甘えっ子の猫はとにかくずーっと私と一緒にいた。
仕事中膝の上でぐうぐう寝ている。
トイレに同行する。
一緒に風呂に入る。
ご飯を作っている時はエプロンのポケットの中でぐうぐう寝ている。
寝るときは私の左手の中指と薬指の間をちゅうちゅう吸いながら寝る。
こんなに甘えていて、この猫はどんな猫になってしまうのか。
非常に先行きが不安であったのだが。
「猫一匹ちょうだい。」
実家の母親が、猫をもらってくれることになった。
「オスはやんちゃだからやだ、おとなしいメスがいい。」
どちらを嫁に出すか、悩む。
大人しさで言えば、どちらの猫も同等だ。
猫っぽい猫ならば、おそらくしっかり者の猫がいいだろう。
だが、しっかり者の猫は80グラムしかない体で生まれてきており、少しおなかを壊しやすくて…神経質な母親が飼うのは少し心配だ。動物病院も近くにはない。
甘えっ子の猫を嫁に出すことにした。
実家に向かう前日の夜も、甘えっ子の猫は私の指をちゅうちゅうと吸っていた。
翌日、ペットキャリーに猫を入れて、実家に向かった。
車の中で、聞いたこともないような声で泣き叫ぶ、猫。
「何この汚い声。」
泣き叫び過ぎて、猫の声が枯れてしまった。
気の毒すぎて連れて帰ろうかとも思ったが…猫のケージに猫のベッド、猫じゃらしに猫砂…準備万端の実家の様子を見てしまっては、そんなことは…できない。
「・・・またね。」
泣き叫ぶ猫を置いて、実家を、出た。
実家は遠くにあったので、しばらく猫の様子を知ることはできなかった。
一年ほどたって、実家に行く用事があった。
あの甘えっ子の猫は、どうしているだろうか。
懐かしさを胸に、実家のドアを開ける。
「猫は?」
「上にいる。」
階段を上って、二階の居間に行くと…黒い猫。
うちに残った、マイペースでしっぽの短い猫とそっくりだ。
同じメスなのに、しっかり者の猫とは似ても似つかない。
猫の姉弟はよくわからないな、そんなことを考えながら、手を伸ばすと。
「シャアアアアアアアアアアア!!!!!」
・・・めちゃめちゃ威嚇された。
あんなに私と一緒にいたのに、この猫は。
ここに置いていったことを、恨んでいるのかもしれない。
ここに置いていった私を、許せないのかもしれない。
私の知る甘えっ子の猫は、もう、どこにもいなかったのだ。
嫁に出した猫は、ずいぶんクールな猫に成長していた。
猫じゃらしで遊ばない、甘えてこない、なかなか鳴かない。
決まった時間に出されるご飯を黙って食べて、決まった時間に自分の寝床で寝る。
「ずいぶん飼いやすい猫だね!」
実家の母親は大満足しているようだった。
猫の恨みは相当なのか、もう17年もたつのに、いまだ私は許されていない。
「シャアアアアアアアアアアア!!!!!」
・・・あの時、私がこの猫を嫁に出さなければ。
この猫は・・・穏やかに暮らしてたんじゃあるまいか。
なんだか非常に申し訳ない気持ちになってしまうのは。
私が年を取ってしまったからなのか。
猫が年をとってしまったからなのか。
こんなにおばあちゃんになっても、実家に顔を出すたびに全力で威嚇し続ける、難儀な、猫。
せめてものお詫びにと、猫おやつを鼻の前に差し出すも。
「…フン!」
不愉快そうな鼻息を一つ鳴らして…猫は自分の寝床へ向かい、そのまま丸くなって、眠ってしまった。
私は甘えっ子だった猫の残した猫おやつを持ち帰り、うちの騒がしい猫どもに差し出した。
おやつはあっという間にぺろりと食べつくされて…私は幾分、落ち込んだ気持ちが、晴れた。
うちの猫がおいしく食べたのはこれです。
チュールだと袋をかじっちゃうのでこれにしてみたんだけど、何気に慌て者の猫が口の横からぼろっと食べかすを落っことすのが微妙…。まあ、落とした端から他の猫が奪っていくんですけどね。
気難しくなってしまった猫はこれしか食べません。
多頭飼いの我が家の猫たちは、猫ごはんならドライだろうがウエットだろうがなんでもガツガツ食べますね、好き嫌い言ってると食べるものがなくなるので…。