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捨てる親、大切な親

「おお、……来てくれたのか、ありがとう。」

 朝八時、歩いて20分の場所にある実家のマンションに顔を出すと、廊下の奥から父親がよたよたとやってくる。

「お父さん、今日はちょっと寒いよ、セーターとか着た方がいいんじゃない?」
「そうかな、……じゃあ、もう一枚、着るか……。」

 年齢82歳、足腰は不安定で動作はかなりスローモーだ。
 特定疾患があり、現在要介護2の認定を受けている。
 やや受け答えに時間がかかり、言葉が出るのに時間がかかる。

 若いころ、無口ではあるが知識の豊富さと頭の回転の良さを誇り、なんでもそつなくこなしていたことを思うと、ずいぶん老いたなあと思う。
 人というものは、こんなふうに人生のピークの過ぎた時間を過ごすのだなあと…、しみじみ思いながら、顔を出しては様子を伺っているのだが。

「まあ!!こんな所に置きっ放しにして!!何やってるの!!いいかげんにしてちょうだい!!!」

 父親の穏やかな雰囲気をぶち壊すような、母親の怒鳴り声がリビングから、聞こえてきた。

「…おお、すまんなあ。」

 ヒステリックに叫ぶ母親の声を聞かない日は、ほぼ、ない。

 私は、上着をハンガーにかけて、父親の横について、様子を見守る。
 私が手伝う事で、母親の怒鳴り声の発生率は大幅に下がるのだ。

 父親と母親は十歳年が離れている。

 母親が22歳の時、祖母が見つけてきた32歳の父親と見合い結婚をし、それ以来50年間にわたり、夫婦をやっている。
 詳しい話は分からないが、母親には好きな人がいたらしく、私が幼い時からずっと父親のことを嫌っていた。家族旅行などもちろん行ったことがないし、母親と父親が一緒に過ごしている所など一度たりとも見たことがない。

 母親は極力父親と話そうとせず、私はいつも仲介役をしていた。

 私の知らぬところで会話をしていたのかもしれないが、とにかく…この夫婦に、コミュニケーションの類を、ほとんど見ることがなかった。母親はいつも父親に対する不満を私にぶつけていたが、父親本人にはその素振りを一切見せることはなかった。

 ところが、そのルールが…最近変わってきたのだ。
 母親が、父親をしかり付けるようになってきたのである。

 食事をこぼすたびに、激しくしかる。
 新聞を取りに行くのが遅いと、怒鳴る。
 着替えが遅いのがイライラすると、罵声を浴びせる。
 さっさと返事をしろと、しゃべっている最中に言葉を遮る。

 父親は、どちらかというと…母親と会話ができることを喜んでいる節がある。

 長年無関心だった母親が言葉をくれることに関して、わりと受け入れているように見受けられる。月に一度訪ねて来るケアマネさんとの会談でも、その旨ゆっくりではあるが伝えているのだ。

 しかし、母親は日常が苦痛で苦痛でたまらないらしい。

 ケアマネさんが来ると、時間ぎりぎりまで父親の悪口を、父親の前で口走っている。それを聞いている父親は、少し寂しそうではあるが…仕方がないと、受け入れている。
 長年サラリーマンを務め上げた父親は、それなりに…理不尽な言葉を受け止めることができてしまうのだ。

「見ていて腹が立つのよっ!なんでもっとシャキシャキ動かないの?!気持ち悪い!!」
「お父さんはね、もう82歳のおじいちゃんなんだよ、ゆっくり動いて当たり前なんだよ?」

「どうしてこぼすの!!赤ちゃんだってこんなにこぼしたりしないのに!!」
「お父さんはおじいちゃんなんだから、手ぐらい震えるし筋力も下がってるんだよ?」

「なんで同じ事二回も言うの!!一回聞いたら分かるの、怖くなるからやめてちょうだい!」
「人は誰だって年をとれば記憶がぼんやりするもんなんだよ、お父さんはおじいちゃんなんだから、ね?」

「昔の家の裏に住んでた鈴木さんの爺さんなんか98歳だけど毎日散歩に行ってたし自炊してたし俳句大会でも優勝してたのよ?!」
「そりゃあ…一人暮らしが長い人と、専業主婦が家にいる人じゃあ、違いもあるでしょう?」

「俺は何も、できないからなあ……。」

 声を荒げる母親と、うなだれる父親。

 ……母親の心理は、よくわからないが。

 50年共に過ごし、ようやく言いたいことが言えるようになったのかもしれない。
 ために貯め込んでいた不満が爆発して、もう抑えきれなくなったのかもしれない。
 父親が老いて反論できなくなったと安心できたから、ここぞとばかりに攻撃しているのかもしれない。

「こんな何もできない、しようとしないくせにボケっと座ってるだけなんて!少しは手伝ってみようと思わないの?!私なんかこんなに体中痛くてたまらないのに働かなきゃいけないのに!」

 五年前に死んだ祖母(母親の母)は痴呆が進んで被害妄想が激しかったから、それを思えばずいぶん楽だとは思うのだけれども。恐らく、24時間共に過ごす母親にとっては、父親はたまらなく面倒で心を逆なでする存在なのだろう。
 ただでさえ、自分の恋路を邪魔した憎い人物であり、会話すらしてこなかった人物なのだ。

 母親は若い頃の不摂生がたたって、歩く時に杖が手放せず要支援2の認定を受けている。自分の身動きもままならないというのに、気に入らない人の世話をしなけれないけない状況が…より憎しみを増しているのだ。
 祖母が亡くなったタイミングで私の家の近くに越してきてもらい、私が顔を出してはいろいろと手伝うようになったのだが…それだけでは不満が解消されないようだった。

「なにか、手伝う事があるなら……
「どうせ何もできないくせに!余計なことしないでちょうだい!邪魔なのよっ!」」

 母親の言葉を聞いて手伝いを申し出る父親の言葉を、ぴしゃりと跳ね返す。

 神経質な母親は、自分の仕事を手伝われることを嫌う。
 例えば、タオルの畳みかた一つでも自分のルールがあり、私が手出しをすれば怒りの対象となってしまう。日常生活のパターンを崩されることを嫌い、誰かの手伝いをすべて撥ね退けては忙しい忙しいと文句を言っている。

 手伝えと言ったり、余計な事をするなと言ったり。動きのスローモーになった、家事未経験の父親に、何ができるというのだろう。

 父親が何か手伝いをしようといったところで、全てダメ出しして怒りをまき散らすことにしかならない。父親が何かをできるようになる前に、全て取り上げてしまう展開しか見えてこない。

 父親が何かをしようとするたびに、全て口を出してシャットアウトしてしまうのが気の毒でならない。

 どうしたものかと、頭を悩ませる。

 これは…老人虐待に、なりかけているのではないか。

 いや、もうすでに…なっているのでは?

 今のところ言葉の暴力だけだが、怒りが増して食事を与えなくなったり、暴力を振るう事になるのではないか。
 毎日顔を出しているとはいえ、老人の朝は早く…五時の朝食に間に合うようにここに来るのは難しい。八時から七時まで滞在しているとはいえ、夜に何かもめごとが起きてしまったら…駆けつけるのが遅くなってしまう。

 ケアマネさんとも相談しているのだが、微妙に決定打となるものがなく、身動きが取れない状態が続いている。


「あ、もしもし、ケアマネの織部ですけど。」

 旦那の実家の用事があって両親の住むマンションに顔が出せない日に、電話がかかってきた。何事かと思って話を聞くと、母親がパニックになって問題を起こしたのだという。

「お母さま興奮していらして…すみません、帰ってきていただくことは可能でしょうか。」

 三時間かけてマンションに向かうと、家の中が雑然としていた。
 もともと物の少ない部屋の中から、モノがなくなっていたのである。

「私はこの爺さんと一緒に暮らしたくない。」

 母親は、昼の宅食を食べていた父親が噎せてテーブルを汚したことに腹をたて、弁当箱ごとゴミ箱に突っ込み、タオルや衣服をハサミで切り刻みながら暴れたのだそうだ。

 あまりの騒ぎに隣の家と下の家が通報し、警察が来てケアマネさんが呼び出され、私が呼び出されたのだ。

 父親はそれなりに介護用品が必要なのだが、そのすべてをゴミ袋にぶち込み、ゴミ捨て場に出してしまった。
 父親の服をすべてごみ袋に詰め込んで、ゴミ捨て場に出してしまった。
 父親の布団を引きずってゴミ捨て場に持って行ってしまった。
 父親に投げつけた目覚まし時計が、壊れて廊下の端に転がっていた。
 父親の額にこぶが、できていた。

「母ちゃんの投げたやつが…当たってしまったんだよ。」

 もう、ダメだと、思った。

 ケアマネさんと相談して、急遽ショートステイを利用することにした。

 とりあえず、一週間。
 父親のいない生活を送ってもらう。

 母親の怒りは、認知症からきている可能性もある。

 いやだいやだと喚く母親を専門病院に連れて行き、診察を受けたが…日にちから一週間前に食べた食事の内容、十年前の出来事に子供の頃の思い出まで全てキッチリと答えて正常であると診断された。

 父親が帰ってくる日が近づくにつれ、ますます母親が荒れるようになった。

 何をしても、文句を言う。
 何を言っても、怒りを爆発させる。
 何もしていなくても、罵声が飛んでくる。

「こんな掃除の仕方して!私がやるからいいよ!」
「私いつまで働かなきゃいけないの?!誰も助けてくれない!」
「あんたは全然分かってない!わかったような口を利かないで!」
「どうしてそんなにのほほんとしていられるの?!もっと気を使いなさいよ!!」

 罵倒する対象である父親がいなくなって、私が新たにターゲットとなってしまったのだ。

「あいつを始末するのが娘であるあなたの仕事でしょう!」
「私の悲しみをわかってくれなきゃ娘失格!」
「あなた、やっぱりあいつの血、引いてる……最悪。」
「もう顔も見たくない、出ていって!!!」

 日に日に暴言はエスカレートし、私はただ…追い詰められる事しか、できなかった。


 そして、一週間が過ぎ、父親が帰ってきた。

「久しぶりに帰ってきたなあ……
「ああ汚い!!汚れた服を着ていて恥ずかしくないの?!今すぐ捨てて!!」

 父親を送ってきたデイのお兄さんと、ケアマネさんが…ものすごい顔をしている。

「服を捨てたら着るものがなくなっちゃうよ、そんなに汚れて
「この汚れが見えないなんてアンタも目がおかしくなったんじゃないの?」」

 父親をリビング横の自室に移動させ、今後のことについてケアマネさん、地域包括支援センターの職員さん、デイのお兄さん、母親、私の五人で話し合う事になった。

「あの、お母さん、お父さんのシュートステイは一週間しかできなかったんですけど
「もうずっと帰ってこなくていいです、また捨ててきてもらえませんか!!」」

「お母さんはお父さんがいない方が安心して暮らせるんですか。」
「いなくても安心できないですよ!娘は頼りにならないし、足腰も痛くてもう目もよく見えないし!」

「お母さんは自分のことをするのが体力的にきついから、お父さんの面倒も見れないという事でしょうか。」
「自分のことですら精一杯なのに、腹の立つよぼよぼした人の世話なんかできない!死ねばいいんですよ、あんなジジイ。」

「お母さん!なんでそういうこというの?!」

「あんたは爺さんの味方なんだね!私のことなんか、誰一人として気を使ってくれないし、今すぐ死にたいよ!今この場で殺してもらえませんか!こんな劣悪な環境で生きていけるとは思えない!」

 ストレスが爆発して暴走している母親を止めることは難しそうだが……。

 ちらりと、ケアマネさんの方を見ると。

(……大丈夫。)

 私の方を見て、小さく、頷いた。

「あの、お母さん…ショートステイに行ってみませんか?」

「あなた、私のことを年寄り扱いするつもり?あんなジジイとババアだらけの場所にワタシみたいな若い人がいけるわけないでしょう!」
「勝子さんは72歳ですよね?お若くても来所している方、見えますよ。」
「一人一人個室もご用意できます、テレビもあるしご飯もおいしいです。」
「大きなお風呂があるんですよ、トイレは個室についていますし、もちろん掃除などは一切しなくて大丈夫なんです。」

「私は年寄りどもとお遊戯をするつもりはないんです!」
「いえいえ、滞在中のほかの利用者の皆さんと一緒にいなくても大丈夫なんですよ。」
「一日中お部屋の中で過ごされる方も結構お見えでして…このお部屋です、……きれいでしょう?」
「スタッフが一日に何度か伺うので、ご希望があればお買い物にも行けますよ。」

「でも、人気でどうせ入れないんでしょう?知ってますよ、二年待ちとかなんでしょ、ぬか喜びはごめんです。」
「そんなことないですよ、今なら…ショートステイが可能です。」
「とりあえず、旅行気分でお試ししてみたらどうでしょう!」
「洗濯もしてもらえるので、着替えとメガネ、常備薬だけ持って行けば大丈夫ですよ。」
「足りないものは…私に電話をしてくれたら、持って行くから。行ってみたら、お母さん。」

「どうせ高いんでしょ!爺さんの稼ぎが悪かったからうちじゃいけないよ!」
「そんなことないですよ、要支援2ですし、負担は目玉が飛び出るほどは多くないです。」
「年金で何とかなる金額ですから安心してください。」
「もし仮に足りなくなっても…娘さんがフォローしてくれると思いますよ。」
「うん、私それぐらいは親孝行できるから、安心していいよ。」

「……ご飯がまずかったらすぐに帰るけど!」
「そうですね、ご飯だけでも食べに行きましょうか。そしたら今日のごはんは作らなくてもいいですもんね。」
「おいしいですよ、ここのごはん。ほら、この写真…美味しそうでしょう?僕ハンバーグが大好きなんですよ!」
「じゃあ娘さん…お母さんの宿泊の用意をお願いします。」

「娘はあてにならないから、今から自分でやります!」

 無事、母親はショートステイに行くことに、なった。

 ショートステイという、触れ込みの……、介護付有料老人ホームへの、入居だ。

 母親は、問題点が、多すぎた。

 父親への暴言、そして暴力の始まり。
 私への暴言の始まり。

 家事をすることで怒りのスイッチが入り、その家事を他人にやらせることでさらに炎上する。
 動かないわけではないが、動かせば苦痛を感じる体。
 ボケてはいないが、こだわりが強くて人の言葉を聞けない性格。

 事件が起きてしまう前に母親を隔離するべきだと……介護のプロの皆さんが提案して下さった。

「戻りたいと言ったらどうしましょうか。」
「お父様の要介護度が進行したと言いましょう。」

「わがままを言うようになるかもしれません。」
「熟練したスタッフがいるのでお任せください。」

「とりあえず、家事をしなくても済む環境が楽であることを知っていただきましょう。お母様は無趣味でしたよね?」
「そうですね…1日中テレビばかり見ています。」

「お部屋にはテレビが備え付けでありますし、大丈夫だと思うんですよ。何かあった方がいいものとかわかりますか?」
「そうですね…、新聞が欲しいです。朝刊と夕刊をじっくり読んでいるので。あとお菓子を買いに行きたがると思います。それから、お風呂は毎日入りたいはずです。」

「わかりました。……大丈夫ですからね、安心してください。」
「娘さんは頑張ってこられたと思います。これからは…お父さんと一緒にのんびりと…お過ごしください。」
「お父さん、デイではいつも本当に穏やかで癒し系でね、……これが一番、いい選択なんですよ。」


 私は、父親とともに、実家マンションで暮らし始めた。今まで毎日実家に通っていたのを、実家で寝泊まりをしつつ時間を見つけて自分の家に帰るようにしたのだ。

「じいちゃん、こんにちはー!」
「お義父さん、どうも―!」

 口うるさい母親がいないので、息子も旦那も気軽にマンションに顔を出す。

 今までは…汚れるから、邪魔だからという理由で、息子も旦那もマンションに入れてもらう事ができなかった。母親は、それほどまでに…他人を嫌い、周りから他人を排除して自分のテリトリーを守り続けてきたのだ。

「おお、いらっしゃい。今日は…囲碁の続き、やるだろう?」
「やる!俺めっちゃ強くなったから今日こそは勝つよ!」

 旦那と息子は、私と別居する事になってしまったものの、毎日夕飯時には顔を出し、家族4人で晩御飯を囲んでいる。
 空いた母親の部屋は旦那と息子の部屋となり、週に2度ほどのペースで泊っていくようになった。

 私は、幼い頃全く取れなかった父親とのコミュニケーションを、今、楽しんでいる。

 父親は確かに働くことに一生懸命で、私とのコミュニケーションをとることはなかったけれども。
 …母親がコミュニケーションをとらせないよう、画策していたのではないかと思う節がある。

「俺のおった会社は、家族サービスが充実しておったんだわ……。」
「家族運動会に、俺だけが家族なしで参加してさあ……。」
「子供の運動会有給、一度も使わなかったでなあ、もったいなかったなあ。」

 穏やかな日常を過ごす中で、父親の人となりを今頃知った。

 生ものが嫌いだとか、ひいひい爺さんがドイツ人だとか、昔九州に住んでいたとか、京唄子のファンだったとか、点字が書けるとか、うどんを作るのがうまいとか……。
 毎日知らない父親の素顔が露わになっていく。

「おお、ありがとう。」
「たためるもんは畳んでおいたでな。」
「悪いけど、背中をかいてもらえんかな。」
「助かるよ、お前は良い娘だなあ。」
「うまいなあ、俺は幸せもんだなあ。」
「ああ、これでいいよ、大丈夫。」

 毎日癒されているのは、気のせいなんかじゃ、ない。

「あの、お母さんがお小遣いほしいって言ってますけど。」
「お母さん、差し入れの服気に入らないそうなんですけど、他の方に差し上げてもいいいですか。」
「お母さんの面会、どうします?また興奮するといけないので見合わせた方がいいと思いますけど……。」

 時折、心が逆なでするような電話をもらうけれども、私はもう…自分を見失ったり、しない。

 ―――母親が父親を殺せって言うんです。
 ―――私はもう、逆らえないかもしれない。
 ―――私は、娘失格なんです。
 ―――私は、生きていない方がいいのかもしれない。

 ケアマネさんの前で、号泣した日を思い出す。
 包括センターの部長さんに、そっと背中を撫でられた日を思い出す。


「おぅい!昨日作ってくれたさあ、…なんだったかな、おいしいやつ、また作ってくれんか?」
「昨日…?ああ、もしかして蒸しパンのことかな?うん、イイよ、ちょっと待っててね。」

 父親のほのぼのとしたおねだりを聞いて、けばだつ心が落ち着いていく。
 玉子と粉と砂糖を溶いて、レンジに入れて、陽だまりでぬくぬくとしている父親を…見やる。

 どこかぼんやりとしながらも、ずいぶん…幸せそうだ。

「ああ…ウマいなあ…ありがとう、また作ってくれい。」

 作り立ての蒸しパンを頬張る父親の穏やかな声を聞いて、ほんのりと心が温かくなる。

 まったりとした空気が流れて、自然と微笑みがこぼれる。
 私の作った素朴な食べ物を…こんなにもおいしそうに食べるのか、ってね。

「いつでも作るよ!でも食べすぎたらダメだよ?お父さんには長生きしてもらいたいからね!」

 蒸しパンはやわらかいとはいえ…のどに詰まったりしたら大変だ。

 私は父親の湯飲みにお茶を注ぎ、水で割ってぬるくしたものを差し出した。


現代の凝り固まった介護の常識がほぐれる事を祈ります。
親を他人に任せる事は親不孝ではない。


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たかさば
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