お宝、発掘されたってよ!
実家を手放してしばらくたった頃、不動産屋から電話があった。
「すみません、ちょっとお話したいことがあるんですけれども。」
「はあ。」
呼び出されたので、片道二時間かけて実家のあった田舎に足を運んだ。
不動産屋に行くと、少し年配の男性と、お世話になった担当のお兄さんがいた。
「あの、実はですね、あのおうちから、こんなものが出てきまして。」
どさりと出されたのは、木の箱?
ふたを開けると、古いお札がたくさん入っている。見た事ないお札だ、……お札、だよね?縦長のお札なんてあったのかな、初めて見たぞ。一円?半円って何だろう、読めないお札が多いけど、使えるの、これ。
「旧札入り混じって、およそ400円分ありました。」
……誰かのへそくりなのかね。
「それで、このお金なんですけど、お返ししたいと思いまして。」
うん?こっちはそんなのがあることを知らないで売り払ったんだから、黙ってもらっときゃいいのに、律義なことだな。
「あの家のものはすべて処分をお任せするって言ったので……そちらで処分してもらっていいですよ。」
「いえ、そういうわけにもいきません。こちら、ものすごく価値のあるものらしくてですね、折半にしないとまずいんです。」
何やらよくわからない難しいことを切々と語られたところによれば、実家を手放す手続きはしているものの、まだ所有者が私であるために発見者と折半しなければならないそうだ。しまったなあ、こんなことなら先に売り払っときゃよかった。
「じゃあ、ここで分けましょうか。同じお札は半分づつで、箱は捨ててもいいですよ、私いらないんで。」
「そ、そのう―!箱の事なんですけれどもね?!」
何やらおかしな顔色のお兄さんが、目の前に。おじさんは腕を組んでいる。
「信じられないかもしれませんけど、この箱、一回捨てられてるらしいんです。でも、なぜか捨てた場所から、家にですね、戻ってきてしまうようでして!!!」
「なんでも、おっさんが出てくるらしいんだわ。俺は見てねえけど。」
「はあ。」
……そのおっさんというのは、さっきからお茶出しのお姉さんにちょっかいをかけている、あのちゃらんぽらんな人の事ですかねえ?
……ほんと女好きってのは、肉体が滅びたぐらいじゃ全然抑止力になんないんだよ、あーあー、あんなところに顔突っ込んで。いい年して何やってんだ。って、死んでるから年もくそもないか。
「何でも、不要品整理の……家財処分業者の人がね、見える人らしくて。僕とこちらの芹沢さんと一緒に、会話してるのを見たそうなんです、その時に、キッチリ処分してくれって言ってたのを聞いたらしくて。」
「キッチリ法に則って、発見者と所有者で折半するべきだって話になったんだわ。」
「そうだったんですか……。ちょっと、箱を、拝見。」
ふうん、これっていわゆる秘密箱ってやつだよね。職人さんの試作品かあ、なるほど。頑固ジジイが借金の肩に奪われた時の念がこもっとりますなあ……。子供のおもちゃにさせまいと必死だったんですね、そりゃそうだ、こんな芸術品、遊んで壊されてはたまらんわな。昔はカギがなかったから、格好の財産隠し場所になったのか、金持ちの庄屋さんに愛用されてたわけね、なるほど。
―――開け方わかるんだ、すごいねえ。
エロいおっさんが乗り込んできたけど、気にせず箱をチェック、チェック。
一段目は、お弁当箱みたいなふたになってて、そこに印鑑やら証書?を入れてたのか。二段目がからくりになってて、お金を入れてたんだな。ムム、このお金はかなりえげつないお金だぞ、娘さんの涙に母親の無念、父親の怒り……。
なんでこんなもんがうちにあるんだ、うちはただの平凡な貧乏人であってだね。……なんだ、昔宿屋をやってた大工の息子が、手伝うふりして埋めたのか。…ちょっと、なにこのとばっちり!
「ホント、勝手な申し出だとは思うんですけど、箱は所有者様にお渡しして、中身について折半という形を取りたいんですけど、どうかご理解いただけないですかね?」
これは……、普通に使ったらだめなお金だね。事情を知らない能天気な薄っぺらい人間が、横から顔出してもらっていいものじゃ、ない。
キッチリ処分の、意味が重すぎるわ、これ。
このエロい人さあ、呪われた金の見張り役じゃん。借金の肩に右手首を奪われて、この箱に閉じ込められちゃったんだなあ……。宿屋はしっかりつぶれて子孫も途絶えてるし、これは厄介だぞ……。
「あのう、この上段には、何も入ってなかったんですかね?」
右手首の欠片でも残ってたんなら、お焚き上げで上に上げることはできると思うんだけど。
「……聞いてないですね。何も入ってなかったと思うんですけど、聞いてみます?」
―――俺の手さあ、粉粉になっちゃったんだよねー、蟹にふりかけられて砂に混じっちゃったの。
「いや、いいです。」
そうか、経年劣化で風化してしまったのだな。あの家は海が近くて、何度か浸水したと聞いた事がある。発見時ふたが開いていたのかもしれないし、普通は粉なんか気にしないで払っちゃうわな……。砂に混じってしまったんなら、直接上げることはできなさそう、だとしたら、誠意のようなものをきっちりと見せて自主的に上がってもらうしかないんだけども……。
「あのー、物は相談なんですけど、このお金、造幣局とか、研究団体?に寄付とかしませんか。」
ずいぶん古い貨幣だし、歴史を学ぶために多くの人たちに見てもらった方がいいと思うんだよね。大勢の人たちに見てもらう事で、大勢の人たちの姿を見ることができるっていうかさ、小さな箱の中に閉じ込められてた無念がね、消化してくれると思うんだけど、どうだろう。
「寄付ですか。どうなんでしょう、同じものがたくさんありますけど、もらってくれますかね……。」
「寄付できるもんは寄付して、残った分を折半でいいんじゃねえの?」
私利私欲を満たす目的で換金したらすぐさま怨念が反応しそうだけど、まあ、不要だと言われた分に関しては諦めてくれると思われる。
なんていうのかな、怨念ってのは、人の求める気持ちは喜んで受け取るけど、あんたはいらんと言われたら、わりとサクッと受け入れるっていうか、シビアっていうか。なんだ、私って必要とされないのねって受け入れるっていうか。
あれだよ、怖がれば怖がるほど怖がらせたくなるけどさ、怖がらない人怖がらせてもてんでつまんない感じ?
「じゃあ、それで行きましょう。私、箱の方処分するんで、お金の方お願いしてもいいですかね?」
「わかりました!じゃあ、また連絡します!!」
箱は秘密箱の業者に持ち込もうと思ったんだけど、どうやらすでに一度持ち込まれたようで、くっついてる頑固ジジイがごねるごねる。箱を破壊されたことに対する怒りがすごい。同じ秘密箱職人として、箱を破壊して中身を出すという行為が許せない模様。
このまま己の技術を天に上げてほしそうだったので、庭で焼いて差し上げた。近々類稀なる秘密箱職人がこの世に誕生するに違いないぞ。是非とも作品にお目にかかりたいものだけど、私の寿命が足りるかね。
「箱、どうなりました?」
「お焚き上げしましたよ、もうこの世に存在してませんのでご安心ください。」
一週間後、私は再び海辺の町の不動産屋にいた。地味に移動時間がもったいないぞ、なんてこった。くそう、地元の不動産屋に頼んでおけばこんなことには……。
「こちら、造幣局と貨幣博物館に寄贈した内訳と買い取りの内訳です。で、こちらに、折半した金額分入っておりますので、お納めください。」
2つ並ぶ封筒を一つ渡され、びりびりと封を開け、中身を確認…けっこうな金額だ。私の分は全部寄贈でもよかったんだけどな……。まあ、おかしな皆さんの姿はないから、もらっても大丈夫そう?皆さん無事成仏できたのかしらん。
―――俺のとっておきの五円、持って行かれちゃったんだよ。
お茶を出し終わって向こうにはけていくお姉さんの横で、へらへらしながらぼやく、エロい人が―――!!!
とっておきの五円?どの五円の事だろう、明治通宝が五枚、うち三枚寄贈、旧国立銀行券七枚、うち三枚寄贈……。他の五円札は寄贈されてるものばかりだぞ……。
そもそも五円ってなに、あんたは五円で右手を差し出したんかい、なにやってんだって、思わず、エロい人を見て、見てしまった!ヤバイ、目が合った、見えてるってバレた、バレてしまったあああああああ!!こっちにのっかって来るやつじゃない?!まずい、こんな息の長い怨念は、実にめんどくさそうで!!!
―――おばちゃんは面白そうだけど腐っても女子だからなあ、おいら楽しめないんだよ、安心してね!
うん?
どうやら私に乗り込む気は、なさそう?
……そうですね、若いお姉ちゃんのスカートに頭突っ込んだりしてますもんね、ババアなんかに乗り移りたくないでしょうね!ババアに乗り移ったらエロいお店にも行けないし、エロい動画も見れないし、そりゃあ魅力無いでしょうよ!
―――五円分、しっかりこの世を、楽しませてもらおうと思ってさ。
エロいおっさんはふわりと消えてしまった。
……たぶん、目の前の未開封の封筒の中のお金に乗っかったんだろうな。
お金の番人だったから、どんな風にお金が動くのか気になってるんだろうな。怨念だらけの古札が寄付されて浄化したのを見届けたものの、自分の怨念のこもった五円札が見当たらず、どこに行ったのだと執着してしまったんだろうな。
たぶん、箱の発見者が拝借したんだろう。
いっぱいあるから、一枚ぐらいもらってもいいかなって思ったんだろうけど、まさかその一枚が怨念の本体だったとはねぇ。すごい引きのよさだ、宝くじでも当たるんじゃないの。
当たるかなあ、当たるだろうなあ、でもって女子を堪能させられて、女子に貢いで、女子にトドメ刺されて喜ぶんだろうなあ……。
なんか縁起悪いなあ、このお金はちょっとこっちの世界で使いたくないな。
「じゃあ、私はこれで。」
「何度もすみませんでした、また連絡します。」
縁起の悪いお金を持ってドライブなんて、只でさえ運転技術が怪しいのに、とんでもない!一刻もはやく、手離したい!
私は不動産屋を出てすぐに……道を外れ。
人の世界のすぐ横にある、人ではない皆さんが暮らす、狭間の町にお邪魔させていただいてですね。
「あれー?久しぶり!どうしたの?」
「おいしいもの、ある?」
町の真ん中にある十字路に立つと、夕焼け空の下に顔馴染みの皆さんがわらわらと駆け寄ってきた。
「みんなにおこづかいあげようと思ってさあ!これでおいしいもの、買いにいきなよ!」
雷さんとこの坊に、キューちゃんの娘、あっちの方からえっちらおっちらやって来るのは…龍神のじいちゃんか。
「え、なになに、ありがとう!」
「わしももらって良い?」
実に遠慮のない皆さんに囲まれる私がここに!
「ハイハイ、皆さん並んで並んで~!」
「はーい!」
「わし水まんじゅう買いにいこ……グフフ。」
「母ちゃん呼んでくるー!」
……少々の縁起の悪さは、人じゃない皆さんが何とかしてくれるに違いない。
「おや、これはなかなかの良いお金ですね。」
現に、いつの間にか私の横に立っていた黒い人が嬉々として愛用のトランクを開いて……なにやら霞を収集しとるがな!
少々早いお年玉を気前良く配った私は、人には見えない徳をたくさんいただいて。
安全運転、無事故無違反で、おうちに帰ることができたのだった。
※こちらのお話と連動しております※
秘密箱ってこういうのです。箱根細工とか有名ですよね。昔はいろんなところで金庫代わりになっていたみたいですよ。流派?によって鍵とか楔の作り方が違っていて、途絶えてしまった技術も多かったらしいです。後世に残したかったカラクリを隠したままにしてしまったことを悔やむ職人さんはボチボチいるかもしれませんね。ただねえ、今はレントゲンとかあるから見えない部分を見る技術が発展してしまってねえ…。
とはいえ、謎解きはたのしいのです!!