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食べたくないパン
毎朝実家に顔を出す前に、私はコンビニで菓子パンを買っていく。
朝はパンをひとつ食べると決めている両親のために、適当なパンを見繕うのである。
売り場に並んでいる、美味しそうな…目に付いたものを買って行くのだが。
「何、今日はまずそうなパンだねえ…まあええわ、この焼きそばパンにする…。」
「俺はクリームパンがええなあ…あんまりわがままも言えんで、今日はジャムパンでええわ。」
どうも親の好みというのがわからない。
アンパンが好きだというので買っていけば、つまらんなあと言い。
クリームパンがうまかったというので買っていけば、違うのが食べたいといい。
たまには変わったものが食べたいというので惣菜パンを買っていけば、これは嫌いここが嫌いこんなのおいしくない。
……毎回、毎回、文句をきっちり言われてしまう。
「…まあ、いらないなら置いといてよ、私があとで食べるから。」
―――わしが食べたいのはコロッケパンなのに取るな!
―――俺だってあんパンよりはコロッケの方がええんだわ!
老いた親がたかだか1つ100円のパンを巡って醜い言い争いをしているのを見るのは…非常にこう、ダメージが大きい。
はじめは親が食べる分だけ買っていたのだけれど、今は一つ余分に買うようにしている。二個しかないパンを巡って諍いが起きることがあったので、予備を用意しておくようになったのだ。
少し賞味期限の長めの複数個入っているものも、時折買うようにしている。五個入りのミニあんパン、二個入りのシュガードーナツ、三つ入りのミニカレーパンなどだ。少しでも気分良く朝の忙しい時間を過ごしてもらいたい、そう思う気持ちが余分な買い物をさせてしまうのだな……。
「これ、いらないやつね。」
「悪いけどさあ、卵サンド買ってきてくれんか。昨日干し柿を食ったで、甘いもん食いたくないんだわ。」
はじめは出されたものをおとなしく食べていたものの、最近はずいぶん不満と要望を訴えるようになってしまった。
…老いた親に我慢を強いて、機嫌を悪くするのはまずい。
前頭葉の衰えた両親は、怒りをうまく解消することが難しいのだ。
撒き散らす怒りを受け止めるのは、受け止めなければならないのは、私なのだ。
私は二つ入りの甘食とメロンパンを受け取り、無言で近所のコンビニに向かった。
実家に戻って父親に卵サンドを渡し、母親をスーパーへと連れて行く。
家に帰る頃にはもうお昼になっていて、両親はそろってスーパーの弁当を食べる。両親が各々の部屋でテレビに夢中になり始めた頃、私は自分の部屋に向かって、パソコンで仕事をする。
キーボードを叩きながら私が食べるのは、両親がいらないと言った菓子パンだ。
私はもともと、ご飯が好きという事もあるが、あまり菓子パンの類が好きではない。サンドイッチは好きなのだけど、メロンパンやあんパン、カレーパン、袋入りのパンをあまり好まない傾向に、ある。一袋700kcalもある菓子パンを食べるくらいなら、牛丼をいっぱい食べたいタイプなのだ。
甘い物よりしょっぱいものが好きな酒飲みという事もあり、甘いパンを好みがちな両親とは明らかに嗜好の違いがある。
あまり食が進まないので、どんどん食べ切れないパンが溜まっていき、机の端には賞味期限切れのパンが毎日三つ四つ積まれている。賞味期限を過ぎたパンは食感も悪くなり、さらに食欲が落ちるのだな……。
「こんなにもったいない事して!早く全部食べなさいよ!!」
そして几帳面で神経質な母親が、賞味期限の切れた食べ物が存在することが許せず…毎日人の部屋をチェックしては仕事中もこれを食えあれも食え全部食えと迫るのだ。
だが…メロンパンの表面の砂糖が、チョコレートがたっぷりかかったコッペパンが、はちみつがべったり塗ってあるパイが…私の咀嚼を阻むのだな……。
どうしたものかと考えて、マヨネーズやカレーを付けて食べるようにしたのだが、今度はカロリー過多になってしまいどんどん体重が増加してきてしまった。
菓子パンは太りやすいとよく聞くが、本当にその通りだと思う。
半年で五キロも増量するとは思いもしなかった。
このまま菓子パンを食べ続けたら、私はおそらく体調を著しく崩すことになる。
どうしたものかと考えて、毎朝モーニングに連れ出すことにした。
実家付近はパン屋激戦区で、朝からモーニングをやっている店舗が多く存在する。焼き立てのパンとコーヒーなどがセットになって400円、菓子パンよりは高いが、自分の健康と両親の機嫌を考えれば安いと考えた。
しばらくは喜んで出かけていたのだが、次第に…出かけるのが面倒、寒いから行きたくない、適当に焼き立てパン買ってきて……、わがままを言うようになった。
そして結局、朝はトーストとコーヒーでいいという意見に落ち着いた。
余分なパンを食べなくて済むようになり、私は減量することに成功した。
このままうまくいくのかと思ったが、両親は再び菓子パンが食べたいというようになった。
人というのは、同じ食生活を続けることができないのかもしれない。
二ヶ月ごとにローテーションを組み、バラエティ豊かな朝食を用意しなければいけないようだ。
……まだ、パンという比較的簡単な食材で済んでいるだけ、ましなのかもしれない。
例えばもし、炊き立てのご飯と毎日違う具のみそ汁、卵料理にネギ入りの納豆、毎日違う焼き魚に毎日違う小鉢に毎日違うヨーグルトを求めるような和風好みの両親であったならば、もっと私の気苦労は多かったはずなのだ。
……私は、まだ、恵まれているよね。
「おぅい、悪いけど昨日テレビで見たカレー特集の影響でさ、カレー食べたいんだわ!」
「わしは白あんパンが食べたいから、このあんパンとクリームパンはいらない、ちくわパンはまずそうだから食べたくない。」
差し出したパンを三つ返された私は、近所のコンビニに無言で向かったのであった。
老いた両親のわがままを、どこまで許容できるのか…介護をしている人に一斉アンケートをしてみたいと思う今日この頃。
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