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消えた感動

 珍しく所用があって、単身都会にくり出したとある日の午後。ふと、目の端に…鮮やかな色を感じた私は、急ぐ足を止めた。

 ザワつくエキナカの、小さな…ギャラリー?どことなくくすんだ地下街の空気を背景に、爽やかな水色のキャンバスが映えている。全面ガラス張りの小さな部屋に、所狭しとカラフルなパーツが散りばめられていて、思いがけずくすぐられた好奇心が…騒ぎ出す。水色に目がない私は…、無意識に、無防備に、少々異質な空間へと引き寄せられていく。

 どうやら、空をモチーフにした絵を描く地元アーティストの個展のようだ。

 開け放たれた出入り口に置かれているイーゼルには、POPなイラストと共に【入場無料!ご自由にお入りください】と書いてある。

 近くで見たい気もするけれど、この手のギャラリーって入ったら出られなくなるパターンが往々にしてあるんだよね…。中には……誰も、いない。無人タイプのギャラリーなんだろうか?ずいぶんアウトローだな……。

 出入口は大きく開放されていて広め…いざとなったら走って逃げ出せばいいか。ちょうど昼時だし、作家さんもご飯を食べに行っているのかもしれないな、そんなことを思いながら、ふらりと中に入ってみることにした。

 淡い水彩の空、ハデなシルクスクリーンの空、落ち着いたパステルの空、しっとりとした和絵の具の空、ゴツい油絵の空、目玉が痛くなるような蛍光色のアクリル画の空……。

 様々なテイストの絵が遊び心たっぷりにアンバランスに並んでいる。

 空が魅せる刹那の芸術が、ありとあらゆる技法を使って一枚の絵になり…存在感をアピールしている。

 控えめな空、情熱を訴えかける空、もの悲しさを伝える空、明るい未来を語りかける空、怒りを隠さない空、ほんのりとした恋心を思い出させてくれる空、空、空、空‥‥‥。

 私の中にしまい込まれていた、かつての空たちが……ふわりと思い出される。

 ああ…いい、空だ。
 ここに来て、良かった。

 ……ジンと胸にしみわたる、感動をかみしめ

「やあやあ!!いらっしゃいませ!!!どおです、これぼくの自信作なの!!!ごめんねー、マック行っててさあ、誰もいなくて寂しかったでしょ!!!今から解説するね、ええとね、これは熱海の海岸で描いたんだよ、お姉ちゃんと一緒にさあ…」

 ……うっ!!!

 背後からいきなり浴びせられたマシンガントーク!!!
 ふんわりと漂っていた感動が…秒で吹き飛んだんですけどー!!!

「めっちゃいいでしょ!!買って下さいよ、大負けに負けて2万円、ねっ、安い買い物でしょ!!ええとね、現金でもペイペイでもいいよ!!領収書いる?今ね、展示中だからすぐに渡せないんだけどね、明後日展示が終わるからそしたら学芸員さんに発送してもらうからね!!ごめんねー、ホントはすぐにケースから出して渡したいんだけどさ、契約上の…あ、隅田さん帰ってきた、ねーねー、これってさあ、今から開けたらダメ?」

 なんだろう、壮大な物語が一瞬で揮発したというか…下世話な会話に吹き飛ばされたとでもいえばいいのだろうか。感動していた気持ちも、感心していた瞬間も、感化されていた頭の中も、ずさっと引きずり出されて投げ捨てられたかのような錯覚に陥る…。

 というか、自分の作品をまけるってどうなの…?この作家さんにとって、この絵は…安くしていいような作品だったってこと……?描いた時の心情とか、愛着とか、思い入れとか、手放す寂しさとか送り出す誇らしさとか、ないの……?

 なんだか、自分の気持ちまでもが、プライスダウンされた気がする。さっきまで確かに全身を熱くしていた感動が、どんどん冷えていく。

 ……ダメだ、こんな気持ちでは、とても絵を買う気には、なれない。

「あ、あはは、すみません、ちょっとのぞいただけなんです、ステキな作品ですね「え…なに、買わないの?……ふーん」」

 機嫌が悪くなってしまったらしいおじさんは、戻ってきた学芸員らしい女性と…何やらこちらを見てブツブツ話をしている。時折くすくすと笑っているのが…実にこう、居心地が悪い。

「あ、ありがとうございました」

 私は、頭を一つ下げ。

 青色には目を向けずに、足もとを見みつめ。

 くすんだ空気の漂う、地下街へと混じっていったのだった。

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たかさば
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