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ピンポン!

「うん?誰だ、こんな時間に……」

給料日前日ということもあり財布に25円しか残っていない俺は、ぐうぐう鳴り響く胃袋を水攻めにして黙らせたのち、明日の朝まで寝ようとしていたのだが。

「ちーす!取り立てに来やした、お命頂きやす」
「……はあ?!」

ドアを開けてみれば、おかしなセールスマンがへらへらとした表情で立ってやがる!

「取り立てってなんだよ、俺は金はねえが借金はしないタイプなんだ、人違いだろ、帰ってくれ!!!」

ばん!!!

ドアを勢い良く閉め、ちゃぷつく腹を抱えて、万年床に向かう……。

「ちょー、ひどくね?話くらい聞いてちょんまげ!」

「へぁっ?!ちょ、な、は、はあ?!す、すり抜け!!!ば、バケモン!!!」

しっかり閉めたはずのドアから、さっきのいけ好かないセールスマン、セールスマン!!!
へ、変なのが、入ってきたー!!

「どもども、あたくし、命のセールスマンやらしてもらっとりやす、死神というもんでやんすがね!」
「し、しにっ?!ま、待て、俺はまだ死にたかねえ、金もねえし何もねえが、悪い事もしてねえし!!!」

そりゃまあ、落ちてる財布がめるとか割り箸余分に五本貰うとか、ロールのビニール五巻きくらい貰うとかのオイタはするけどさ、罪は犯したことねえし、ごく一般的な善良市民なんだぞ?!俺は!!

「いえいえ、あーたね、一人の命奪ってるんでやんす、なので、その取り立てに来たんでやんす、今すぐ命差し出してちょーだい!!」
「俺は人なんざ殺してねえぞ!!!言いがかりだ!!!ふざけるな!!」

腹立つ奴は大勢いるが、殺すほどにくい奴なんか一人もいない。
そもそも気に入らないやつ殺して拘束されるとか、何の拷問だよって思うタイプだしさ!!!

「えーとね、あーた、三か月前にツイッターで【死んで詫びろよpgr】って呟いたでやんすね、あれでやんす。」
「はあ?!そんなことで死ぬバカいんのかよ!」

「いやあ、ずいぶん純真な魂の持ち主でやんしてね。あれを真に受けてこの度、お命を絶たれましてねえ。ついさっき死んじゃったんすけどね、まあ無理やり引き留めてまして、急いで命を移植すれば持ち直すんす、それであたくしがこうして伺った次第でして。責任取ってもらいやす」
「ノリでつぶやいた一言で?!俺はそんなこと覚えちゃいねえし、殺したくてつぶやいたわけじゃねえんだ!言いがかりはやめてくれ!」

死んで詫びろって常套文句じゃねえか!いつでもどこでもだれでも自由に吐いてるごく普通の言葉であって、俺だけが咎められるのはおかしいだろっ……!!!

「このねえ、お亡くなりになりつつある方、実にピュアな方でやんしてね。なんていうか、一事が万事な方だったんでやんす。100人に励まされても、たった一人の蔑みが気になるような方でしてねえ。髪型が似合わないと言われた日には丸坊主にし、丸坊主が笑われた日にはかつらをかぶり、受賞作品を貶された日には受賞の取り下げを申し出て、二度と表を歩くなと言われて以来引きこもり、なかなか生きにくい人生を送っておられてねえ。あーたの一言、相当堪えたらしいっすよ?もーね、薬飲みまくりでただいま絶賛生死の境を右往左往中ってわけでさぁ!!」
「生きにくい世の中に別れを告げたのはそいつの責任だろうが!!!誰が書いたかもわからない一行で死ぬ?!そんな馬鹿な!!!俺は知らん!!」

俺の一言なんざ、たまたまきっかけになっただけであって、もともと生き抜くような力のないひ弱な人間だったって事だろう!!!

「まあでもあなたのつぶやきがとどめを刺したことは事実でやんす。責任は重いっすね。逃げられないんすよねー、諦めてもらっていいっすか?痛くないし一瞬で終わるんで!!」

「そんなの了承するわけねえだろうが!!!帰れ、帰れよ!!!」

「それはできないんすよねえ……もう間もなく運命の相手と出会って迷走から抜け出す所だったんでやんすけど、いやあ、まさかあーたに全部かっさらわれるとはね、天使の皆さんも思いもしなかったっていうか!!!もうね、加護を与えた神様も絶句してたんでやんす!!非常に価値がある命なのでね、あと67年分の命がいきなりなくなっちゃったもんですから、大騒ぎになっちゃってんでやんす……」

怪しげなセールスマンは、へらへらしながら書類をカバンから取り出し、俺に差し出した。なんだ?クソ、読めって事か…。ナニナニ……。

◎×田△男……引っ込み思案で内向的、野心はあるが誇示しないタイプ、才能はあるが自信がないので芽が出ない。リアルな友達は皆無、SNSで交流を深めた仲間が20人いる。作詞作曲で能力を開花させ、注目を浴び始めたある日SNSで死を指示され、素直に従い只今他界寸前。なお、次に発表する新曲のボーカルオーディションに参加する女子と縁が結ばれていた。女子は4人の子を産み、そのうちの一人が細菌研究者になる予定であった。人類の発展に多大なる悪影響が生じるため、命を繋ぐ必要がある……。

「ちょ、何、何これ!!!俺は、そんな大ごとになるなんて、ちょっと待ってくれよ、俺はそんなつもりでつぶやいたわけでは!!!」
「まあまあ……予測できない事ってね、案外多いんす、よくある事っす。どうせあなたの人生、大したことないんすから、別の魂の糧になった方が倫理的にもねえ?いい世の中が……」

怪しげなセールスマンは、さらにへらへらしながらカードをカバンから取り出し、俺に差し出した。今度は一体何だってんだよ!!

文字村書増もじむら かきます……お調子者でめんどくさがりや。適当に生きていきたいと思っている。友達はいると思っているタイプ。SNSで悪口を言うのが趣味、アカウントが長続きした試しがない。常に人の幸せをぶち壊したい願望があり、いつか注目を浴びる存在になりたいと思っているが人前に立つと一般的な事しか口に出せない。心臓に毛が生えすぎている。魂の素行がよろしくないため、縁を結べず出生。晩年は猛烈な毒をまき散らし若者に様々な学びを与えるが、一般的であり他の魂で代用可能。運命線はかなり多いがいずれも途中で切れている……なんだこれ!!

「こんなの、ただの悪口じゃねえか!俺だって一生懸命生きてるのに、なんで俺ばっかりこんな目に合うんだよ、不公平じゃないか!!」
「一生懸命悪口言って生きてきた結果が、運命線のぶっちに繋がってるんすよ、あーたの一言で病んだ人、何人いると思ってんでやんす?もうさあ、いいかげん諦めた方がいいっす、ここまで愚かしいとね、挽回なんかできないもん。新しい命として生まれた方が多分早いっす、食われるよりはましでしょ。」

「食われる?!なんだそれは!!!」

「あたしゃ歴とした命のセールスマンですんでね、むやみやたらと魂を食うようなことはしないんでやんす。でもねえ、役職なしの悪魔ってのは、すーぐに魂食い散らかしちゃうんですわ。あーたみたいな腐れヘタレイキリぼっちの魂ってのは、案外うまくてねえ。食べられたら魂は消滅ですんで、生まれ変わることもできなくなるんす、今死んどけば生まれることができるんす、どうでやんす、良いお話でしょ」

俺は、命を奪われて終わるのか?!食われて終わるのか?!クソっ!!どこかに、生き残る活路を……見つけなければ!!!

「そんなの俺の命差し出したところで、そいつが生きたいって思わなければ意味ねえだろうが!そんな弱っちい奴が生き返ったところですぐまた死ぬって!もう諦めたらいいじゃん!研究者なんかいなくてもいずれ人類は滅亡するじゃん!死なせといてやれって!」

俺は知ってんだぞ、そういうかまってちゃん系のやつってのは、助かったところでちいせえことに目が行ってぐちぐち垂れてまわりに毒を吐きまくるんだ。周りに鬱々とした感情をばらまいて、一人でも多くの鬱仲間を増やそうと躍起になって……ああいうのは駆逐するに限るんだよ!!

「うーん、それも一理ありやすね……生きたいと思う気持ち、ねえ……。生きていける、強さが必要、と」
「無駄に命与えたところでまたどうせすぐに悲観するんだ、貧弱な性根を叩き直してやんねえとまた同じような悲劇が起きるだろうが!!!」

怪しげなセールスマンはかばんからスマホを取り出して、どこかに電話をかけはじめた。

「あ、もしもし?命ねえ、取れそうになくって!でもすんげえハートが・・・うん、そう、そうそう、命なんかあとで…そうだね、じゃあ持ってくわ、とりあえずそこで待機しといて」

セールスマンは、騒がしく電話をかけたのち、スマホをカバンに入れて、俺の方を向いた。

「あっちに確認したら、命は取ってこなくていい話になりやした!その代わり、あんたの毛をいただいていくことにしやす。あんたの心臓にびっしり生えてる、その剛毛をね、ぜんぶ頂いていきやす。ようござんすね?」

「毛エ?!そんなんあんの?!つか、まさか抜いたら一瞬で死ぬとかそういうオチじゃねえだろうな!!!」
「んなこたあ、ありやせん。あんたの心臓にはね、それはもう驚くほどに毛が生えてるんでやんす。生えすぎて心臓そのものが見えないくらい生えてるんでやんす。心臓に毛の生えてない人間なんざ、山ほどおりやす。」

「そんなんで良きゃいくらでも持ってってくれ!それで俺は助かるんだな!!!」
「命は助かりやす、では遠慮なく」

ぶちり、ぶちり。

俺の胸のあたりで、小気味のいい音がする。

「移植したら、たちまち兄ちゃんも元気になれるはずでさ。これほどまでに図太い毛には、なかなかお目にかかれやせん」

ぶちり、ぶちり。

俺の胸のあたりで、小気味のいい音がする。

「あーたの奪った命の持ち主は、ホントに無防備なハートでやんしたからね、これさえあれば多少の悪意なんざ屁でもねえっすわ。命も多分繋がりやすね」

自分の胸を見ても、どこも変わった様子が見られない。

「これで全部でやんす。抜けた毛穴はやわでやんすから、お大事に。じゃあ、あたくしはこれで」

怪しげなサラリーマンは、すうっと消えてしまった。

「……寝るか」

俺はぐうぐう鳴る腹を抱えて、万年床にもぐりこんだ。



目を覚まし、会社に行く。

「おはようございます」

誰も俺のあいさつに返事をしないことに、心臓が騒めいた。

なんで、無視するんだ……?

……いつもなら、返事が聞こえねえなあと言って、胸ぐらをつかむところだが。


「文字村!これは何だ!」

部長に呼び出されて、怒鳴り声を聞いて、心臓が縮みあがった。

なんで、俺だけ怒られる……?

……いつもなら、軽くスルーして、頭をボリボリと書くところだが。


「うちはいらないって言ってるでしょ!!!」

飛び込みの営業に行って、目の前でドアを閉められて、心臓が震えた。

なんで、俺の話を聞いてくれない……?

……いつもなら、唾でもはいて、次の家に突撃するところだが。


「え、一件も契約取れなかったの?ないわー、やめちまえよ!」

成果の出なかった営業から帰って、同僚にバカにされて、心臓が凍った。

なんで、俺の苦労をわかってくれない……?

……いつもなら、気弱な後輩の成果を奪い取って、笑っていたところだが。


何をしても、何を見ても、何を聞いても、何もしなくても。

やけに心臓が、痛くなる日々が続く。


毛の抜けた、毛穴に、染みるのだ、悪意が。

毛の抜けた、毛穴に、染みるのだ、言葉が。

毛の抜けた、毛穴に、染みるのだ、空気が。


気を紛らわそうと覗いた、SNSの誰かの悪口が目に留まる。

匿名のつぶやきが、全て自分の事を攻撃しているように感じる。


気を紛らわそうと出かけた、公園の誰かの声が耳にとまる。

見知らぬ誰かの言葉が、全て自分の事を攻撃しているように感じる。


気を紛らわせようと眠れば、悪夢しか見ない。

自分の見ている夢さえも、自分の事を攻撃するようになった。


生きたいと思えない、世の中。

どうせ、いずれ人類は滅亡するのに、生きていたって仕方がない。


「どうせ無駄だよ」

「どうせ失敗だ」

「どうせわかってくれないくせに」

「どうせわかろうともしないくせに」


周りに鬱々とした感情をばらまきながら、鼻つまみ者として生きる日々。


俺は何で生きているんだろう。

俺の周りにはなんで誰もいないんだろう。

俺の生まれた意味って何だったんだろう。


幸せそうなやつらがうらやましい。

幸せそうなやつらが憎い。


不幸を自慢する奴らがうっとおしい。

不幸なのは俺だけだ。



「ずいぶんやつれていますねえ?……楽にしてあげましょうか?」

優しい声が、聞こえてきた。


「大丈夫、何も心配しなくていいんですよ?」

思いやりの声が聞こえてきた。


「おいしく食べてあげますから、ね?」


俺は、両手を合わせて、目を、閉じた。



ううむ、心臓のどこに毛根を蓄える隙があるというのだろうか…。


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たかさば
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