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ゴミ捨て犯
「ああ、またやられた……。」
月曜の朝、我が家の玄関先には、燃えるごみの袋が…四つ。
このうちの二つは我が家のものだが、残る二つは、恐らく、たぶん、間違いなく近所の誰かが置いたものである。ゴミ袋が二つ置いてあるから、ここがゴミ収集所だと思った人がいるのだ。
このまま置きっ放しにしておいては、ゴミ袋が増える可能性、大。
…仕方がない、捨てに行くか。
私は自分の家のゴミと他人の家のゴミ、合わせて四つのゴミ袋を両手に抱えて、ゴミ収集所へと向かった。
……うちはゴミの多く出る家である。
お菓子をたくさん買うし、工作や折り紙なんかもしょっちゅう作っては気軽に捨てているし、食べる量が多いので調理時の生ごみの量も多いし、服はすぐに小さくなって着られなくなることが多く廃棄の機会は少なくない。
しかも、几帳面のきの字も体内に備えていない不届き者が複数いるので、部屋のあちらこちらに無料タウン誌やら試供品の使いかけ、二枚だけ使ってある割引クーポン、ニューオープンの食べ放題のお店のチラシ、ピザのデリバリーメニュー、穴の開いた靴下にちょっぴりレアものだというお菓子のパッケージ、ネジの小分けに使うから捨てないでと宣い置きっ放しになっているイチゴパックに卵パック、さらにはクッキーの空き缶ジャムの空き瓶珍味のポットに持ち手の壊れたバスケット汚れたトートバッグ、猫にコロコロをかけたらきれいにキジトラ模様が取れたから記念に置いといてあるやつとかその他もろもろが点在している。
ゆえに!ゴミの日には私一人が早朝からフル稼働し、汚し専門の人類が目を覚まさぬうちに朝一で家中のゴミを漁り、手早くまとめて玄関先に出さねばならないのである!
注意すべくは、家人にこの一連の流れを見られてはならぬという点である。ゴミ袋の中に突っ込んでいるところを見られようものなら、「それはまだ使うから取っといて」だの「それ捨てちゃだめ」だの「それ高かったんだから捨てたらもったいないじゃん」だの「せっかくのレアなのに」だの、屁理屈をこねられた挙句せっかくゴミ袋に突っ込んだものを引っ張り出されてまた再びリビングに放牧されかねない。
目についた不用品を片っ端からゴミ袋に投げ込み、一刻も早く家の中から移動させることが必要だ。
…なので、袋がいっぱいになるたびに玄関の外に持ち出して、すぐに持って行けるように準備しといて、再び家中のゴミをさらってという事を繰り返しているのだけれども。
そのおおよそ五分の間に、近所の人が…ゴミを置いてしまうのだな……。もうこれで三回、いや、四回目か。
ゴミ出しの場所を知らない、引っ越ししてきたばかりの人?…いやいや、ここ数年町内に引っ越してきた人はいない。
おそらく、ご年配の住人の誰かだと思うんだよね。高齢になると目も悪くなるし、ゴミ袋が置いてあるのを見たら、新しい収集所ができたのかなって思っちゃうのかもしれない。ゴミ収集所のプレートなんか見えてないだろうし。あれは文字が小さいから見にくいし、そもそも目立たないからね。
勘違いパターンもあるんだろうけど、ずうずうしいパターンもありそうな気はしている。重たいから収集所まで持って行くのが面倒だ、ここに置いてあるから、ついでに持ってってもらおう…的な。一つ二つ増えてもわかんないだろう…みたいな。置いといたら、持ってってくれるよね、普通…的な。ゴミ捨て場と思ってたんだよね、ごめんね間違えちゃって、あはは!なんてパターンもあるはずだ。この世の中に、ちゃっかりしている人は、わりと堂々と存在している。
敵は私が「ごみを置いて行かないでください」と言えないことを知っているのだ。
私が黙って置いていかれたゴミを、黙ってゴミ収集所に持って行くことしかできないヘタレだと見抜いている。私がゴミ袋の中身を漁って証拠をつかみ犯人探しをしたりしない平和主義者だと踏んでいるのだ。間違っても犯人に向かって追及したり怒りを向けたりしない、穏やかで優しい、間抜けな奥さんだと思い込んでいるのだ。
……まあ、憶測でしかないけど。
だいたいさあ、うちの場所が良くないんだよね。うちはちょうど、ゴミ収集所に向かう途中にあるんだよ。アスファルトで舗装された、歩道のある太めの道路沿い、見通しもいいし多少のゴミが置けるスペースもあって、気軽にこう…ポイと置けるような雰囲気がある。
この辺り一帯の住人が使っているゴミ収集所は、三つ。
一つは通り沿いの、駐車場横にある広い場所で、うちからおよそ100メートルの位置にある。
二つ目は裏通りに入った街路樹の隙間で、うちからおよそ100メートル、ただし足もとは土。
三つめは裏道の段差の向こう側で、うちからおよそ50メートル、しかし階段を降りなければならない。
この辺りは、近くを走る幹線道路沿いにゴミの収集場所を設けることができないので、地味にゴミの収集場所が少ない。
一応、どの住宅も歩いて二・三分の圏内にゴミ収集所があるのだが、足もとが悪かったりするので、少し離れた場所にゴミを捨てに行く人もボチボチ、いる。うちの前を通って行けるゴミ収集所はわりと遠くから捨てに来る人も多いのが特徴だ。舗装もされているし整備されたばかりで奇麗で、すぐ横の家でグレートデーン飼ってるからカラスも寄ってこなくてさ、人気の場所なんだよね……。
「おはようございます!」」
「あ、順一先生の奥さん…おはようございます。」
大荷物でゴミ収集所に行くと、小さなゴミ袋を持つ奥さんと鉢合わせた。
「あら!ダメよぅ、ペットボトルは燃えるゴミじゃないわよ!あと缶が入ってるじゃない、ちゃんと分別しなきゃ!」
何も考えずに持ってきてしまったけれど、どうやら置き去りにされていたゴミ袋は…ルール違反を複数犯しているらしい……。
「あ、えっと…そのぉ、このゴミね、実はうちのじゃなくて、その、開けちゃうとプライバシーが、うーん、うーん?!」
「なに、なんかあったの?」
生来のヘタレが朝っぱらから大爆発だ、たどたどしく事の次第をご説明させていただく……。
今順一先生は町内会の役員をやっているから、もしかしたらゴミ収集所の増加につながるかも?確か奥さんは民生委員やってるんだよね、何か詳しいこと知ってるかもしれないし。
「それは困ったわねえ…ちょっとパパに相談しておくわね。訪問でも気にかけるようにするわ…。とりあえず分別だけやっちゃいましょう。」
奥さんと一緒にゴミ袋の中身をチェックしていたら、やけに封筒のゴミがたくさん入っていて、置き去り事件の犯人があっと言う間に特定された。…良いのかなあ、ずいぶん重要そうな封筒がわんさか入っているぞ。食べてない缶詰とか、未開封のカッターシャツまで…。
「えっ…ウソ、なに、これ!!!」
「え、なになに、どうした…げえ!!!」
クッキー缶の分別をしていた奥さんが声をあげたのでそちらを見ると…まさかの、光景が!!!
なんと、クッキー缶いっぱいに入っていたのは…ぐしゃぐしゃの、千円札!!!ちょっと待て、よく見ると切り刻まれた万札も入ってる、何これ!!!
「これ、ちょっと大変なことかもしれない、私民生委員グループに連絡してみるわ……。」
なんと、ゴミを我が家に置き去りにしていた望月さん…二軒隣のおうちの人なんだけどさ、認知症を患っていらっしゃった。
奥さんと地域包括センターの職員、民生委員など複数人数で訪問した際、判明したとのこと。毎日のルーティンや他人とのコミュニケーション、買い物はこなせるものの、ほんの五分前の事がまったく思い出せず、家の中や外はキレイではあるが…めちゃめちゃになっていたんだそうだ。生来の几帳面な性格は健在だったようで、ゴミは出すものという認識があって、いわゆるタンス貯金を細かく切って捨てていたらしい。
いまいちわからないのは、お金をお金として認識しているようでしていない?ところだ。もともと捨ててはいけないものを隠して捨てていた?癖があるのか、缶(燃えないゴミ)の中に紙屑(燃えるゴミ)を押し込んで捨てたという事らしい。一体いつ頃から捨てていたのかは定かではないが…ずいぶんお金が捨てられていた可能性は否定できない。
いずれにせよ、このまま一人暮らしをさせておくのはまずいという事で、すぐさま市役所などと連携を取って対策されることとなった。
遠くに嫁いでいた娘さんがやってきて、あれよあれよといううちに、おじいちゃんは居住地を移し、古い家屋は解体されることとなった。
そして、空き地になった場所には、新しいゴミ収集所ができた。
新しい収集場所は、うちから歩いて二十歩ほどの距離。ずいぶん便利になったものだ!おかげでどんどん家の中の不用品を捨てることができて、非常に快適!!
今日も私はゴミをサクサク袋に詰め込んで、たったかたったかゴミ出しを……げえ!!!
両手にゴミ袋を抱える私の後方で、ドシンドシンと音がしたのでふり返ってみたら…朝からプンプンしている旦那の姿が!!!
重たい体をものともせず、実に軽やかに駆け寄ってきて…人の持ってるごみ袋を、奪い取ったアアアアア!!!
「これ着るって言ってんじゃん!なんで捨てるの!!!あー、これも!賞味期限なんか1ヶ月2ヶ月過ぎても食べられるのに!」
「ちょっと!!ゴミ捨て場でゴミを漁るのはやめてよ!!もう着てないんだから…どうせ着れないんだから、捨てていいじゃん!未開封ならいざ知らず、そんな湿気切ったせんべい!」
ソファ横にずっと置きっ放しになっているトレーナー類をごっそりゴミ袋に突っ込んだ途端に目ざとく見つけて凸とか…なんで片付けてって言ってる時は全く聞く耳を持たなかったのに、微塵も触ろうとしなかったくせに、こんなに俊敏な動きで廃棄を止めにかかろうとするのだ!ゴミ収集所の真ん前で、袋を開けて中身を確認するみっともない姿、姿アアアアア!!!ちょ!袋からせんべいを出して食べるんじゃ…ない!
「痩せたら着るって言ってるでしょ!!!あと25キロ減ったら着るんだから、それまで捨てちゃダメ!!食べ物粗末にするとか信じらんない!」
痩せてから文句を言わんかい!!!
これは引いたらダメなやつだ!!
「おはようございますー!」
「あ、お、おはようございます……。」
「大山さん、おはようです!じゃあ、僕これから仕事なんで!」
私が裏のおばあちゃんとあいさつしている間に、そそくさとゴミ袋を抱えて家に戻っていった、旦那!!!おそらく今頃、ソファ横の定位置にトレーナーの山が構築されているはず!!くそう、なんてこった、今すぐ家に帰って再度ゴミに出したいところだが、おばあちゃんの話が盛り上がっていて抜け出せない!!しかもお話し好きの尾瀬さんまで来ちゃったよ、アアア、これは長くなる、パターン!!
そのまま井戸端会議が始まっちゃって、あっという間にゴミ収集車が来ちゃって!!!アアア!!今回もごみが捨てられなかった……。
ゴミ捨て場が近いというのも、それはそれで問題ありだ……。
今まではゴミ捨て場が遠かったので、いちいち捨てたもんをチェックしに行くのがめんどくさくてあきらめていた人が、実に厳しく目を光らせるようになってしまってですね。毎朝仕事に行く前に、ゴミ捨て場をチェックしてから車に乗り込むようになってしまった人がおりましてですね!!
……くそう、次は…遠征するしかあるまい。
三日後のゴミの日、私は100メートル先のゴミ捨て場を久々に訪問することを決めたのであった。
なお痩せると言っていた体重よりさらに10キロほど増えた人がいる模様…。
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