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タクシー

「へい!タクシー!」

 目の前に、一台の黄色い車がとまった。
 後部座席のドアがあく。

「どちらまで?」
「遊園地までね」

 俺は、遊びたい気持ちをタクシーに押し込んだ。

 ……これで発散できるだろう。

 ばん!

 タクシーのドアが閉まり、緩やかに発進した。

 俺はスッキリした気分で、仕事に向かった。


「へい!タクシー!」

 目の前に、一台の緑色の車がとまった。
 後部座席のドアがあく。

「どちらまで?」
「温泉まで」

 俺は、癒やされたい気持ちをタクシーに押し込んだ。

 ……これで充電できるだろう。

 ばん!

 タクシーのドアが閉まり、緩やかに発進した。

 俺は爽快な気分で、仕事に向かった。


「タクシー!」

 目の前に、一台の茶色い車がとまった。
 後部座席のドアがあく。

「どちらまで?」
「居酒屋まで…」

 俺は、忘れたい気持ちをタクシーに押し込んだ。

 ……これで集中できるだろう。

 ばん!

 タクシーのドアが閉まり、緩やかに発進した。

 俺は晴れ晴れしい気分で、仕事に向かった。


「タクシー」

 目の前に、一台の水色の車がとまった。
 後部座席のドアがあく。

「どちらまで?」

「…お寺まで」

 俺は、反省する気持ちをタクシーに押し込んだ。

 ……これで奮起できるだろう。

 ばん!

 タクシーのドアが閉まり、緩やかに発進した。

 俺は気分も新たに、仕事へ向かった。


 目の前に、一台のオレンジ色の車がとまった。
 後部座席のドアがあく。

「どちらまで?」
「故郷まで」

 俺は、望郷の念をタクシーに押し込んだ。

 ……これで落ち着く事ができるだろう。

 ばん!

 タクシーのドアが閉まり、緩やかに発進した。

 俺は開放された気分で、仕事に向かった。


「タクシー…」

 目の前に、一台の白い車がとまった。
 後部座席のドアがあく。

「どちらまで?」
「…病院、まで」

 俺は、ボロボロの身体をタクシーに押し込んだ。

 ……これで集中、できるだろう。

 ばん!

 タクシーのドアが閉まり、緩やかに発進した。

 ……あとは、やる気に任せよう。

 俺は、病院に向かう途中で、気を失い。


「…行き先、変更しますね」


 運転手に、返事をすることは……できず。


 華やかな毎日。

 忙しい日々。

 満たされた瞬間。

 後悔した場面。

 拠り所。

 執着した物。

 手放してきたもの。


 ただ、ただ、流れていく景色を、目で追うことしか……できず。


「お客さん、着きましたよ」

「…ありがとう」


 俺は、タクシーに重たい身体を置き去りにして。


 …穏やかに流れる、川の方へと、向かったのだった。

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