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味がない

 ・・・幼いころ、祖母の姉が営んでいた居酒屋に頻繁に通っていた。

 祖母と祖母の姉は一回り年が離れていて非常に仲が良く、月に二度ほどビールを飲みつまみを食べながら談笑するために訪れるのが常例だった。酒に弱いくせに毎回しっかりビールを飲む祖母は、酔うと気が大きくなりがちで判断ミスをするため、家に帰る時の道案内役として私は連れて行かれていたのだ。

 小さな店では祖母の姉が酒を出し、客の相手をし、調理は息子であるおじさんの担当だった。カウンターの向こう側が厨房になっていて、いつもタバコを片手に忙しそうにフライパンを振っていろんな料理を作っていた。

 おじさんは非常に寡黙な人で、私は少し苦手だった。いつも祖母の言葉に一言二言返事をするだけで、何を考えているのかわからない人だったからだ。

 子供が苦手なのか、またいとこ達が騒いでいるのを見てもまったく注意せず、黙って厨房でタバコを吸っていた。今思えば、口下手で人見知りをするタイプの人で、何を話せばいいのかわからず…タバコの力を借りていたのではないかなと思う。

 私は騒がしい祖母やその姉、またいとこやその親たち親戚一同とは違って、非常におとなしかった。いつも酔って暴言を吐く祖母の横で黙って爪楊枝で遊んだり、チラシをもらって折り紙をしているような子供で、祖母のおつまみを少し分けてもらいながら、静かに二時間ほど過ぎるのを待っていることが多かった。

 たまに、おじさんは余った食材で焼きそばを作って出してくれた。

 私の母親は相当なメシマズだったので、この焼きそばが本当においしくて…出された時はいつも、夢中になって食べたものだ。豚肉の切れ端、にんじんの皮、緑色のキャベツ、イカの頭…具材はその時々によって変わったが、いつ食べてもおいしかった。

 ・・・あれは、私のことが珍しく話題になっていた日の事だ。

 祖母が、私が料理を始めてうまいものを作るようになったからと…自慢のような事を、していて。

 いつものように黙って酔っ払いの大げさな話を聞きながら、くわえタバコで厨房に立っていたおじさんが…いつものように、焼きそばを私に出してくれた。

 出来立ての、ホカホカした湯気が立ち上る、食欲をそそる香ばしいにおい。

 喜んで、いつものように焼きそばを頬張ったのだが。

 ……味が、しないのだ。

 匂いも、食感も、シャキシャキした咀嚼音も、何ひとつ変わらないのに、味だけが消失していた。

「おいしい?」

 珍しく、おじさんに聞かれた私は。

「うん」

 ……大人に、まずいなんて言えない。

 私は、母親のマズイ料理を美味しいと言って食べなければ叱られていた。
 子供は大人に気を使わなければいけないと、叩き込まれていた。

 ……あのとき、おじさんは何を思ったのだろう。

 味がないよという一言を求めていた?
 料理がうまいなら味のおかしい事を指摘するはずと思った?
 あの母親の子供だから味なんかわからないだろうと試した?
 料理について話題を振ろうとした?

 味を付け忘れるなんて、普通は絶対に…あり得ない。
 食べるモノを作るのに、食べ物の味をないがしろにするなんて…あり得ない。

 ……と、ずっと思って来たのだけれど。

「味が、ない!!」

 まさかの、味付けを忘れた私が……ここに!

 冷蔵庫に豚肉があるなあ、消費期限だし炒めて食べるか、芽の出た玉ねぎとしおれたニンジンも入れよう、霜だらけのイカも入れたれなどなど忙しなく調理してたら、塩コショウするのをね?!

 思い返せばあのときのおじさんと私は同い年…あれはいじわるなんかじゃなくて、本当に純粋に忘れただけだった可能性!!

 なんとなく祖母の血族は、押し並べて底意地の悪い家系だと思いこんでいたのだけれども。…もしかしたら、それは思い込みだったのかもなあ…。

 なんとなく、おじさんに申し訳ないキモチを胸に……、味のない肉炒めに焼き肉のタレをかけて美味しくいただいた私なのだった。

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たかさば
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