貴重品
・・・ぴっぷくぷーぴっぷくぷー!!!
とある日の昼下がり、有休消化のために家でぼんやりコーヒーを飲んでいたら…おかしな音が聞こえて、来た。
「なんだ?下の階のやつが生放送でもしてんのかな…。」
俺の真下に住んでる奴は、今はやりの動画配信者らしく、たまにへたくそな歌を歌いだしたりしていて…相当に被害を被っているのだ。
また管理会社に文句を言わないとだめだな、そんなことを思いながら、開いている窓を閉めに、行こうと。
「やあ、こんにちは。呼ばれたので、来たよ!!!」
窓に手を伸ばしたら、青空が広がっているはずの視界に、おかしなものが映りこんで、来た。
…ごく普通の、人?!
ここはマンションの五階だぞ!!!
ベランダを伝って登ってきた?!
泥棒か、強盗?!
いや、待て、何かおかしい、・・・薄く透けている?!
「お、おばけ!!!!!!」
「あはは!違うよ!僕宇宙人!!」
ぴしゃりと窓を閉め、カギをかけたが。
「『貰いにおいで』っていうメッセージ、受け取ったよ!だからキター!!ねーねー、はやくちょうだい!!」
窓をすり抜け、ごく普通の人が、俺の部屋に入ってきた、来ちゃったよ!!!!
「お、俺はそんなこと言っていない、でで出てってください!!」
ごく普通の人は、部屋の中をぐるぐると見渡して…物色している?
「え、でも、ほら、・・・これ。これで外に向けて貰いに来いって大々的に誇示してるじゃん。人の事呼んどいてさあ、追い出すの?…失礼すぎない?」
ベランダの軒下でキラキラと光っている20年前のアイドルのCDを指差す宇宙人の、目が…光る。普通の人に見えはするが、どう見ても普通の人じゃない。怒らせたら…消されるかもしれないぞ。落ち着いて、対応して…無難に、このピンチを切り抜けなければ、ならない。…くそ、なんで俺は昨日の夜鳩よけに使えそうだなとか軽々しく思ってしまったんだ、おとなしくゴミ箱に突っ込んでおけばよかったものを!!!
「それは…カラス除けの、CDであって、お…私があなたを呼んだわけではありません。」
「え、これ通信機じゃん、どう見ても!!…今もほら、めっちゃ貰いに来いって言ってるし!!この光の飛ばし方は古典的ではあるが非常に強い意志の乗った確かな言葉である!揺れがなお一層の悲壮感を呼び、その波長に反応せざるを得ずここまでやってきたのだ!!きてあげたんだよん!!」
日光に照らされ、風に揺れながらピカピカと光っている、この忘れ去られたミリオンヒットCDが・・・通信機?!今日は風が強くて、えらくCDが揺れているなあとは思ってはいたんだけど、まさかこんなトンデモ展開が待っているとは!!!
「違います!!なんならそれあげますからもう帰ってください、あげるモノなんてここにはありませんから!!!」
ぶちりとベランダの軒下につるされたCDを引きちぎり、宇宙人に差し出す。透き通った手が、CDをつかんで…確認しているぞ!!!おばけっぽく見えるのにきっちり実体なのか、…どういう仕組みなんだ!!
「こんなありふれたものいらないよ。…しかもこれ光発生装置がないじゃないか、こんな不便なものもらっても。」
めちゃめちゃ不満そうな宇宙人がいる!!!
「…なんか別のもんちょうだいよ、つか、くれねえとさ、こっちも大赤字なんだよね、…くれるよね?」
CDをポイと投げ捨て、こちらににじり寄る、宇宙人。
…なに、この、威圧感。
正直、怖い、怖すぎる!!!
クソ、なんかいい解決策は…。
何を渡したら満足してくれる?!
宇宙人が欲しがりそうなもの…!!
貴金属?…そんなものは一つも持っていない!!
金?…給料日前だ、現金の持ち合わせはほとんどない!!
花とか?…そんなもん独身男性の家にあるわけねえだろうが!!
なんか宇宙人を唸らせるようなもん…。
部屋の中を見ても、使い古されつつあるノートパソコンとくたびれた洗濯機、茶色く変色した炊飯器ぐらいしか目に付くものがない。まさかベッドの上のはげ散らかした毛布をくれてやるわけにもいかんだろう、まあ、ある意味貴重ではあるが…30年ものだし。
…そうか、付加価値のついたものならば、貴重品として手渡せそうじゃないか?
貴重品、貴重品…。
「ゆっくり選んでいいよー、ここで見学させてもらってるから!!」
宇宙人はひとのパソコンを起動して…ちょ!!そのフォルダは!!見ちゃあかんやつ!!!!
・・・急がねば大変なことになってしまう!!
慌てた俺の目に映ったのは、パソコン横に雑に置かれていた、五十円玉と、レシート。・・・俺は、50円玉を、摑んで!!
「お、お待たせしました!!こちらを差し上げますので、こちらへどうぞ!!!」
「え、なになにー!」
人懐こそうな笑顔をこちらに向ける、宇宙人。だが、シリアス顔に恐ろしさが漂う…派手に殺気をまき散らすことは、先ほど確認済みだ。…一瞬でも気を抜いたら…俺の命が、危ない。
俺は手のひらに五十円玉をそっと乗せ、宇宙人の目の前に、差し出した。
「・・・これは私が一つしか持っていない、大変貴重な代物です。ほら、ここに刻印があるでしょう、昭和51年、この年に作られた硬貨は数多くありますが、現在まで使用可能な状態として残っているものは容易に探すことが困難な代物です。私の手元にくるまでに、数多くの人間が握り締め、己の購買欲を満たすために手放してきた逸品です。これを…差し上げましょう。同じころに製造されたものはこの一枚だけではありませんが、一介の一般人である私にはこれくらいしか貴重な所有物がなくて。手放さねばならないのは大変に残念ではありますが…わざわざここまで来てくださった、あなたに差し上げます、お持ちください。」
「そんな貴重なものをもらえるの!!・・・いいの?!」
「ええ、貴重とはいえ、この世界にあふれているものに変わりはありませんから。一枚くらいこの地球上から無くなっても、問題はありません。」
・・・なんだ、結構うまいこと丸め込めたみたいだぞ。
「わーい!!ありがとー!!!」
宇宙人は満足したようで、ふわりと消えた。
・・・ぴっぷくぷーぴっぷくぷー!!!
おかしな音が聞こえた。
…無事帰って行ったようだ。
僕は危機を乗り越えた安堵感を噛みしめ、すっかり冷めてしまったコーヒーを、一口…。
・・・ぴっぷくぺーぴっぷくぺー!!!
ちょ!!!!!!!!!
この音は!!!!!!!
「やあ、こんにちは。呼ばれたので、来たよ!!!」
酸味の増してしまったコーヒーに口を付けたままの俺の耳に、能天気な声が聞こえてきた。
コーヒーを飲まずに、クルリと振り返ると、・・・また別の普通の人が!!
「また来た!!!!!!」
「あはは!初めまして!僕宇宙人!!」
透明の手を伸ばしてガラス面を突き抜け、わざわざ窓の鍵を解錠する不届きものが!!
「貰いにおいでっていうメッセージ、受け取ったよ!だからキター!!ちょうだい!!」
カラカラと音をたてて閉まっている窓を開け!!堂々侵入する宇宙人!!!すり抜けることができるのにわざわざ窓を開けて入ってくるとか、律義なことでええええ!!!
「出てってください!!もう呼んでません、呼んでた物体、出てないでしょ?!」
宇宙人は、部屋の中をぐるぐると見渡して物色している。
「え、さっきまで派手に貰いに来いって大々的に誇示してたじゃん。いきなり呼ぶのやめられてもねえ!!さんざん呼んどいてさあ、今さら追い出すの?…失礼すぎない?」
宇宙人の、目が…光る。普通の人に見えはするが、普通の人じゃないことは重々承知だ。怒らせたら…消されるに違いない。今回も落ち着いて対応することができれば…無難に、このピンチを切り抜けることが、出来るはず。
「すみませんね、カラス除けのCDが絶妙に光ってミラクル展開を引き起こしたらしいんです、私はあなたを呼んだわけではありません。これは予想外の出来事で…
「え、でももう来ちゃったし!つか別の子にはなんかあげたんだよね?さっきすれ違ったけど自慢されたよ!!」」
さっきまで日光に照らされ、風に揺れながらピカピカと光っていた、古ぼけてくすんだCDが心底憎らしい。手に入れた時は有頂天になって何度も聞き返していたが、今となってはただの厄災そのものだ。床に放り出されたままになっているそれを拾い上げ、ゴミ箱に突っ込んだ。
「あげちゃったからもうないんです!!お帰り下さい!」
だいたい、ただで物をもらおうだなんて虫が良すぎるんだよ!!宇宙人ってのはこんなにも無遠慮で図々しいのがデフォなのか?!
「たかだか三分の出遅れで何ももらえないの?…ずるくね?」
めちゃめちゃ不満そうな宇宙人がいる!!!
「…なんか別のもんちょうだいよ、つか、くれねえとさ、こっちも大赤字なんだよね、…くれるよね?」
こちらににじり寄る、宇宙人。
…この、威圧感ときたら、もう。
正直、ちびりそうだ…!!!
クソ、なんかいい解決策は…。
何を渡したら満足してくれる?!
宇宙人が欲しがりそうなもの…!!
俺の着古したTシャツ?…あげたら洗濯のルーティンが狂う!!
カップ麺?…給料日前だ、あげたら俺が飢えてしまう!!
買い置きの洗剤とか?…そんなもん無くなったら買いに行くもんだ、一つもない!!
なんか宇宙人を唸らせるようなもん…。
部屋の中を見ても、変形したやかんとくたびれたパーカー、茶色く変色したスニーカーぐらいしか目に付くものがない。
まさかベッドの下のホコリだらけの怪しい漫画をくれてやるわけにもいかんだろう、まあ、ある意味貴重ではあるが…30年ものだし。
…そうだ、付加価値のついたものとして、適当なことを言えば、今回もなんとかなりそうじゃないか?
付加価値、付加価値…。
「ゆっくり選んでいいよー、いろいろ見学させてもらってるから!!」
宇宙人は溢れそうになっているゴミ箱をあさって…ちょ!!その中には!!見られてはならぬゴミが!!!!急がねば大変なことになってしまう!!
慌てた俺の目に映ったのは、パソコン横に雑に置かれていた、レシート。
・・・俺は、それを、つまんで!!
「お、お待たせしました!!こちらを差し上げますので、こちらへどうぞ!!!」
「え、なになにー!」
人懐こそうな笑顔をこちらに向ける、宇宙人。
だが、シリアス顔に恐ろしさが漂う…派手に殺気をまき散らすことは、十分理解している。…一瞬でも気を抜いたら…俺の命が、危ない。
俺は手のひらにレシートそっと乗せ、宇宙人の目の前に、差し出した。
「・・・これはこの世にひとつしかない、大変な貴重品です。ほら、ここにサインがあるでしょう、これは私が記したものなんです、昨晩書き込みました。そこら中に紙は溢れていますが、この模様が書きこまれた紙は…この一枚だけなんです。これを…差し上げましょう。地球上に紙はたくさん存在しておりますが、私という個人がこの模様を書いた紙は、一枚しか存在しておらず、今後新たに存在することはありません。せっかく書きこんだものですし、大変に残念ではありますが…あなたに差し上げます、お持ちください。」
「そんな貴重なものをもらって・・・いいの?!」
「ええ、貴重とはいえ、この世界にあふれているものに変わりはありませんから。一枚くらいこの地球上から無くなっても、問題はありません。」
・・・なんだ、今回もなんとかなりそうだぞ!
昨日の夜ボールペンの試し書きしたレシートだけどさ、意外と使えるんだな。
「わーい!!ありがとー!!!」
宇宙人は満足したようで、ふわりと消えた。
・・・ぴっぷくぺーぴっぷくぺー!!!
おかしな音が聞こえた。
…無事帰って行ったようだ。
俺は危機を乗り越えた安堵感を…噛みしめ、冷めたコーヒーを、一口。
・・・ぴっぷくぽーぴっぷくぽー!!!
ま た か !!!
「・・・やあ、こんにちは。」
冷めたコーヒーをぐびぐびと飲み干して、開いたままのベランダの窓の向こうに立つ宇宙人を、見据える。
「・・・またですか。」
「どうも、はじめまして?」
にこにこしてベランダに立っているが…どうせこいつもただで物をもらおうっていうんだろ…。
「ずいぶん、気前のイイ人がいると伺いましてね。」
今度の宇宙人はむやみやたらと人の家には侵入しないらしい。ベランダに立ち、ガラス面の向こう側で直立している。
三人目にして初の礼儀正しい宇宙人登場かよ…。
「もう私には差し上げることができそうなものは何一つないんです、お帰り下さい。」
宇宙人は、部屋の中見渡すことなく、じっと俺を見つめている。
「え、ありますよね?」
宇宙人の、目が…光る。
「ここにはもう私が暮らしていくために必要なものしかないので、差し上げる事ができるものはひとつもないんです。」
「ありふれているものでいいんですよ。…貴重なものをいただくつもりなんてありません。」
何を持って行くつもりだ? ここには宇宙人のお眼鏡にかないそうなものなんか何もない。使い古された機材に安い食品、使いかけの日用品に穴の開きそうな衣類…。
「だから!!使うものだから、使ってるものだから無理なんですってば!!」
ありふれているものかもしれないが、持って行かれては俺の生活ができなくなってしまう。
「他の人には…貴重なものを惜しげもなく差し出していましたよね?」
不満そうではあるが、非常に柔和な表情で俺を見つめる、宇宙人。
「…僕にだけ、何もくれないのですか?」
ニコニコと微笑む、宇宙人。
…威圧感は、ない。
事を荒立てて宇宙大戦争になったらヤバイ、穏やかに帰ってもらいたいところだ。
なんかいい解決策は…。
また、適当なことを言って、凌ぎたいところだけど…。
「地球には、ずいぶんたくさんの人がいますけど、あなたみたいに気前のイイ人は、なかなかいません。…貴重品を、惜しげもなく、差し出すなんて。」
…昨日捨てた、書けなくなったボールペンでも差し出すか。
貴重な…目的を果たせなくなった、俺が使い切ったペンとでもいえばいいだろ。
「じゃあ、あなたには、この世界にたった一つしか存在しない、貴重なペンを…。」
俺は、ゴミ箱をあさりながら、宇宙人に、声を。
「貴重じゃなくって、いいんです。たった一つしかないものをいただく必要はないんですよ。ありふれた、ものをいただけたら、それで。」
「…ありふれたもの?何を持って行くつもりなんです。」
宇宙人に、声を。
「人間、今は75億人ほどいるそうですね。非常に余りある、溢れた、存在ですね。珍しくもなんともない。」
こえ、を。
「一人ぐらいいなくなっても大丈夫ですよ、誰も気が付かないはずです。」
・・・ぴっぷくぽーぴっぷくぽー!!!
おかしな、音が、聞こえ・・・。
いつ遭遇してもいいように、いろんな見聞を深めておきましょう、はい。