ウナギ嫌い
「今度土用の丑の日にウナギが出るんだ。俺はウナギが嫌いだでな、悪いけど弁当持たせてくれんか。」
デイサービスから帰った父が、何やらお願いごとをしてきた。
寡黙な父が私にお願いをするなんて……ずいぶん、珍しい。
聞いてあげたい気持ちはあるが、デイに食べ物の持ち込みは…基本禁止されているからなあ。
「うん?何、お父さんはウナギ嫌いなの。初めて聞いた。」
いつももくもくとご飯を食べていた父に、嫌いな食べ物があったとは。
母親は相当のメシマズなのに、文句ひとつ言わずに完食していた人だぞ……違和感がハンパないんですけど。
「子供の時から、いっぺんも口に入れたことがない。お前はウナギが嫌いだと言われ続けておったんだわ。」
父の実家は、ウナギの名産地からほど近い場所にあった。
たまに食卓にウナギが登場していても、おかしくは、ない。
だが、それを、一度も口にしたことがないとなると…普通は、マズくて吐き出したとか、こういう味が嫌だとか、そういう言葉が出てきそうなもんなんだけどな。
……ちょっと、ひっかかる。
「食べたことがないなら、食べたらおいしいと思うかもしれないじゃん。」
「嫌いになった原因はわからんが、食ったことがないでなあ……。」
お前はウナギが嫌いだと言われる程度には、言われたことを覚えている程度には、食卓にウナギが出たってことだよね?
「まあ、とりあえず食べてみれば?マズかったら残してもいいんだし。」
「そうかあ?俺は食べ物を残すのは嫌いだでなあ。」
……そんなやり取りがあったのが、先週の話だ。
本日丑の日、父がニコニコしながらデイサービスから帰ってきたぞ……。
「俺初めてウナギ食ったけど、あれは何だ、うまいなあ!二切れしかなかったんだけどさあ……」
どうやら、嫌いだと思っていたウナギは相当おいしかったらしい。
思いのほか食べ足りなかったようで、やけに饒舌にウナギのおいしさを語っているじゃありませんか。
「なに、本当に嫌いだったのかな、ウナギ。実は食べさせてもらえなかったパターンじゃないの。誰かの好物でさ、横取りされてたみたいな。」
父親は五人兄弟だった。
うどん屋を営んでいた父の実家は、食べる事には困らなかったが、高級食材にはなかなかお目にかかれなかったと聞いた事がある。
肉なんか就職して初めて食べたとか言ってたな……。
「……兄貴がウナギが好きでさ、いつも食べてもらってたんだわ。あれは今にして思うと、取られとったのかなあ!そういえば弟も妹もウナギは食べなかった、ううむ……。」
父は三男坊だったから、長男に取り上げられていた可能性は、ある。
貧しい時代だ、おなかいっぱいおいしいものを食べたいと願う子供の、悪知恵のようなものが働いていたのかもしれない。そういえば、幼い頃見かけたおじは…細くてひょろひょろしている父親とはまるで似ておらず、ずいぶんふくよかな体形だった。
……。
そういえば、自分も、長らく好き嫌いが多かった時代が、あったのだなあ。
子供の頃は、エビが嫌いだったんだよね。
婆さんがいっつも、あんたはエビが嫌いだからわしが食べてやるって言ってさあ。友達の結婚式で出たエビの塩焼きを食べて、おいしくてびっくりしたんだよなあ……。
食卓に上るエビは、ぜんぶ婆さんが食べてたんだよなあ……。
数の子もふぐ刺しもぜんぶ婆さんが食べてたなあ……。
食欲とは、本当にこう、意地汚いというか、みっともないというか、さもしいなあ……。
「またウナギ食いたいなあ。来年が楽しみだわ!」
人の分のウナギまで食らいつくす人が存在した一方で、来年までウナギを欲しがろうとしない人がいる。
「ちょ、そんなまたなくても、欲しいなら買ってくるけど!!!」
「そおかい?」
目を輝かせて……、素晴らしい笑顔を披露している!
こんな表情、はじめて見ましたけど!?
……めっちゃレアじゃん!
ニコニコ笑っている父の顔を見た私は、自分のへそくりを出して……、ちょっと良いウナギを買いに行く事を、決めたのであった。
ウナギ専門店で食べた、焼きたてのうな重は本当に美味かった…もう八年も前の事だよ…。誰か奢って!!!こっそり書いてるエロい話読ませてあげるからさ~(爆)