料理人は今日も愚痴を吐きながらSDGsを意識する
……私の仕事は、『おいしいごはん』を作ること。
お客様に満足していただけるよう、心をこめて調理にあたらせてもらっている。
美味しいものを美味しく食べていただくために。
美味しいものを食べさせてもらったと喜んでいただくために。
美味しいものをまた食べさせてくれとリクエストしていただくために。
仕入れた食材と真摯に向き合い、できる限り無駄の出ないよう調理している。
鮮度は良い方がいいが、悪くてもきっちり調理させてもらう。
見た目は良い方がいいが、悪くても手を抜かずきっちり調理させてもらう。
味は良い方がいいが、悪くても調味料を駆使してきっちり調理させてもらう。
食材を無駄にするなど、料理人としてあってはならない事だ。
食材として生まれたからには、食材としての職務を全うさせてやりたいと願う。
食材として生まれたからには、食材だっておいしく食べてもらいたいと願うはずだ。
食材のくせを見抜いておいしく調理をする、それが私の仕事だ。
甘い食材には、しょっぱいものをふりかけて。
冷たい食材には、温かいものを添えて。
硬い食材には、柔らかいものを混ぜ込んで。
軽い食材には、重みのある具材をプラスして。
味気ない食材には、パンチの利いたスパイスをたっぷり練り込んで。
お客様の好みは、千差万別。
優しさを求めるお客様。
定番の味をお望みのお客様。
焼けつくような甘さを切望するお客様。
さっぱりとしたのど越しをお求めのお客様。
とにかく満腹になりたいと願う大食いのお客様。
日々ご来店いただけることに感謝しつつ、誠実に仕事をやらせていただいている。
お客様の好みに合わせて食材を吟味し、最適のものをお出ししていると自負している。
だが時折…、私の力が至らないことも、ある。
お出しした皿の上に食べ残しがあった時は、落ち込む。
お出しした料理に調味料をドカドカかけられると、がっかりする。
お出しした料理を突き返された時は、悪夢に魘されるほどに…へこむ。
青臭いところが魅力だと思ったのに、よく焼いてくれと言われることもある。
苦みがたまらないと思ったのに、思い切り甘やかしてくれとリクエストされることもある。
穢れのないピュアな感じが一番だと思ったのに、とにかく汚して仕上げてくれと言われて涙をのんだこともある。
……私は、料理人だ。
食材をこうして欲しいと言われれば、それに従うのが…おおよそ、正しい。
お客様あっての仕事に…私情を持ち出すことはナンセンスだ。
三軒隣のこわっぱのように、『自分は甘っちょろい食材を使わないと決めている!』と豪語した挙句借金まみれになり、閉店せざるを得なくなってしまっては意味がない。
個人的には、食材に対する拘りなど持ってしまっては、バラエティ豊かな味が出せなくなる危険があると考えている。
新鮮な食材を安く仕入れ、美味い部分を見つけ出し、融通を利かせながら適切に調理をして、お客様の胃袋をつかむ…それが重要なのだと思う。
お客様のご希望を取り入れつつ、仕入れた食材を余すところなく使って無駄を出さないようにするよう努める、それが私の信念だ。
無駄に調理をしてはいないか…、食べられる部分を捨ててしまってはいないか…、気にし始めたらキリがない事は重々承知している。
だがしかし、せっかくの食材を一口かじっただけで残されては…もったいないではないか。
見た目が不格好だからといって、調理すらされずに捨てられる食材が存在するなど…言語道断ではないか。
このところ、腐った食材が増えたこともあり…、調理の難しいパターンが増えているのは気になるが、己の信念に基づき、ひたむきに仕事をしていくと決めている。
衛生管理の点から、お客様が一度手を付けたごはんは必ず廃棄するようにしているのだが…、あまりのもったいなさに心が張り裂けそうになる事がある。
己の力量が足りぬせいで、せっかくの食材がゴミになる…その残酷な現実に、目を背けたくなる。
とはいえ、二年前に食材の使いまわしで廃業に追い込まれた老舗料亭だってあるのだ。
ルールはきちんと守らねばなるまい。
廃棄された食料が家畜のえさとなると考えれば全くの無駄というわけではないのだと、自分を励ましながら…、私は今日も、お客様の食べ残しを…黙って、片付ける。
思わずため息が出てしまうのは、致し方ない事だ。
……食材は、無限にあるものではない。
今ある資源を無駄なく使い、将来へと繋げていかなくては、枯渇してしまう恐れすらあるというのに。
消費者はいつも、迫り来る危機には全く気が付かないままに…己の欲望ばかりを前面に出す。
虫食、養殖、合成食材…食糧難を懸念していろいろと対策は練られているが、一番大切なのは、今ある食材に感謝して無駄なくいただく事なのだと…なぜ、気付かないのか。
食べられるのに捨てるなんて、世も末だ。
食べられるのだから、無理にでも腹に入れて、消化をしてしまうべきなのだ。
無駄にしていい命なんて一つもないって、閻魔大王も言っていたではないか。
昔は味付けなんて概念はなかったのに、変なところで食材に影響されて…情けない。
誰だ、はじめに美食家を気取って魂に優劣をつけ始めたやつは…。
感情豊かな魂の方が食べがいがあるだの、若い魂を食べ続けるとしっぽが太くなるだの、しょっぱい魂を食べると血圧が上がるだの…どこにそのデータがあるというのだ。
バラバラになった魂を集めた集積魂はマズくて食べられないだの、何も成さなかった魂を食べると消滅が早まるだの、鮮度の落ちた魂を食べると流行に疎くなるだの…悪評のせいで廃棄処分になった食材がどれほど存在している事か。
地獄界を席巻する、眉唾物のデマが実にうっとおしいことこの上ない。
食材ですら、SDGsという理念を掲げて食べ物を無駄遣いしないよう心がけているというのに、なんという嘆かわしい事か。
「てんちょー!これ、無料バイキングコーナーで干からびてたやつ、下げてきましたー!」
……ああ、今日もこんなに、無駄になった食材が。
私は、極力、悲しげな表情をしている魂には目を向けずに……ボウルの中身を、ゴミ箱にぶちまけた。