きゅーん、きゅーん
きゅーん、きゅーん
……ああ、まただ。
最近引っ越しをしたんだけど、どうも隣の部屋から、犬の鳴き声が聞こえるんだな。このマンションはペット不可、だったはず。うーん、管理会社に言うべきか、迷うところだ。
きゅーん、きゅーん
……子犬っぽいよな。僕はいわゆるモフモフ系には目がなくってだね…!!!
お願いしたら、触らせてくれたりしないかな…。
黙っとくから触らせろみたいな…。
……どうにも気になるな。
……突撃、してみるか。
ピーンポーン!
「はい。」
「あのう、隣のものですけど。」
ガチャ。
同じくらいの年の兄ちゃんが出てきた。
「あのー、犬、飼ってます?その、鳴き声がですね…。」
「犬は飼ってません、すみません。」
バタン。
目の前でドアを閉められてしまった。
あれ。これ、ごまかすパターンかな。
……怪しいな。しばらく様子を見るか。
それからしばらくして、やけに派手な鳴き声が聞こえてきた。
きゅいん!きゅいん!!
どた!ばた!!
んー?
ぎゃいん!ぎゃいん!!
どたん!ばたん!
ちょ!!
さては動物虐待!!
許さん!!
ピンポーン!!
「は、はい…。」
「ちょっと!!隣のものですけど!!!」
ガチャ。
ぴゅー!
わあ、なんか白いのが飛び出したぞ!!
とっさに、手を伸ばして、捕まえ…
「わあああああああ!!!!」
真っ白の!!!
のっぺらぼうの!!
変なの、変なのがっ!!
ぎゃああああああああああ!!!!
「見 ま し た ね ?」
「見、見てない、見てな…「確保!!!」」
バタン!!!
僕は隣の部屋に引きずり込まれてしまった!!!
部屋の奥を見ると…白いのが!!!わんさかと!!!
「ひいー!!ぼ、僕をどうする気ですか!!!」
「まあまあ、取って食ったりしないんで、上がってください!!!」
上がってください?!僕は隣人に無理やり手を取られて、無理やり部屋の奥の方に連れ込まれて―!!!
「粗茶ですが。」
「は、はあ…。」
テーブルの上には、よくわからないお茶、テーブルの下には、白いのがわんさか。
……何この異常な光景。
目の前に座る兄ちゃんはいたって普通の…。
ん?!なんか蝙蝠みたいな羽がせ、背中に!!生えてるぞ!!!
「…私しっぽ切りを生業としておりましてね。」
「し、しっぽきり?!」
兄ちゃんは足元から一つ白いのを引っ張り上げると、僕の目の前に差し出した。
丸いふわふわした白い球…?に、ちょろっとしっぽが付いている。
兄ちゃんがしっぽを持って、白い球を吊り下げると。
きゅーん!きゅーん!
白いのが泣き出した!!
な、涙こぼしてる?!
「このしっぽがねえ…澱がたまってるみたいで、えぐみがあってね、嫌われてるんですよ。」
兄ちゃんはどこからともなくはさみを取り出すと、ちょきんとしっぽを切った。しっぽと、丸い球が、テーブルの上に…。
……ちょ!!しっぽがトカゲのしっぽみたいにじたばたしてる!!ひええええ!!キモチわる!!
そう思っていたら、僕の方に飛んできた!!!
「アッ!!こいつめ!!」
手の平でガードすると、切れたしっぽが、僕の手の甲にピタッとくっついて…ん?!
――この恨み、忘れてなるものか
……ああ…人間なんてくそくらえだ…。
ピッ!!
兄ちゃんは尻尾をつかんで、僕の手の尻尾を取るとポイと口に入れて…食っちゃったよ!!!…一瞬、すんげえダークな感情が!!なにこれ、ちょ!!!
「やあ、すみません、もぐもぐ、油断しちゃいました、大丈夫ですかね?」
「大丈夫じゃない!!!なんなんですこれは!!!」
僕は尻尾のくっついた手の甲をごしごしこすりながら兄ちゃんを睨み付ける。
兄ちゃんはどこからともなく袋とひもをとり出した。しっぽの無くなった丸い球は、白い袋に入れられて口を絞ってひもで縛られて…小さなサンタさんのプレゼント袋みたいになったぞ…。
「これは魂ですよ、刈りたてのほやほや。みんなイキがいいでしょう。あ、食べます?」
「食べるかっ!!!」
ちょっとしっぽがくっついただけであのダメージ!!食ったら乗っ取られてよしだよ!!!
「ここはですね、魂の通販拠点なんですよ。この世で刈った魂をここに集めてですね、随時地獄に出荷してましてね。やっぱりね、現地収穫現地直送が一番新鮮且つ美味でねえ…。」
「ぼ、僕の魂も刈るの?!」
せっかく最近彼女できたのに!!もうこの世とおさらば?!あああ!変な好奇心出さなければよかった…!!!
「あなたのは刈れませんよ、こんな徳に塗れた魂刈ったら鎌が一発でパアです。運命通り長生きしてください。」
何、僕長生きするの、なんかこんなところで聞いてもあんまりうれしくないな。
「あなた…ここの秘密、ばらしたりするんですかね?」
「こんなの言ったところで誰も信じてくれないでしょう…。」
まあ、僕はただ、モフモフしたかっただけであって、動物虐待が許せなかっただけで。…全部勘違いだったけど!!!
「この場所はね、すごく利便性がいいんです、正直出ていきたくないといいますか。あなた、鳴き声の騒音、我慢していただくわけにはいきませんかね。我慢できませんかね。」
「まあ…我慢できないことはないけど、気分は良くないかな…。鳴き声が慣れないというか。」
どうもこう、子犬の鳴き声っぽいのがね。
「はあ、わかりました、じゃあ、あなたここでバイトしませんか。実はね、袋詰めの作業がね追い付いてなくて。ここで鳴き声に慣れたら気にならなくなると思うんですよ、いかがです。…あなた丁度コンビニバイト、首になったばかりでしょ?」
ぐ!!全部お見通しかい!!
「いやですよ!!しっぽ付いただけであんな落ち込んじゃうし!!そもそも人間界のお金払えるんですか!!」
断ったら命で清算とか言い出したりしないだろうな。
「ああ、賃金の事でしたらほら。こいつらの闇埋蔵金がたんまりあるんでね、払えますよ。どうです、やってくれるんなら…そうですね、埋蔵金全部差し上げてもいい。どうせ私には使えない必要のない人間界の金ですから、はい。」
「埋蔵金?!そんな大金もらったら怪しすぎる!!分相応な大金はいらないってば!!!」
慎ましやかな生活が染み込んでる僕には絶対使いこなせないやつだ!!
「…おかしいな、埋蔵金に目が眩んだら徳がごそっと剥がれ落ちて僕の鎌でスパっと刈れたはずなのに。」
「ちょ!!やっぱり僕の魂狙ってるんじゃん!!もうやだよ!!帰ります!!!」
立ち上がった僕の足元で、魂たちがきゅんきゅん鳴き始めた。
きゅーん、きゅーん!!
きゅ、きゅーん!きゅーん!
僕の足元にすり寄る、白いふわっとした丸い…フワフワした…かわいい奴め!!!アアア、モフモフ好きの僕の血が騒ぐ…ううっ!!ついつい、手が、手がー!!!ああ、モフ、モフ、モフモフ……!!!
「魂たちもあなたが気に入ったみたいですよ。まあまあ、ここで知り合えたのも何かの縁、一緒に魂出荷、楽しみましょうよ。ね?絶対あなたの魂は刈らないって契約書も書きますから。」
結局、僕は絆されてしまったのである。
きゅーんきゅーん!!
しっぽの付いた元気な魂に囲まれて、しっぽのないおとなしい魂を地獄に出荷するのも、ずいぶん慣れてきた。この所の忙しさは、シャレにならないレベルだ。正直自分の商才が恨めしい……。
なんのそっけもない袋にさ、かわいいシール、貼ってみたんだよね。
そしたらものすごい人気になっちゃったみたいで、もう貼っても貼っても、包んでも包んでも間に合わなくてさあ!!!もう万年人手不足で火の車?あれは貧乏ってたとえ言葉だったっけ?もう何がなんだか……!!!
はっきり言って、人手が足りていない。利益はあるんだから、人を雇えばいいんだけど、こんな仕事してるなんてほかの人に言えない…というか。
……言ったんだけどさ。みんなその、刈られちゃったんだな。
スゴイね、埋蔵金の魔力っていうのかな?
みんな悪魔からその話聞いた途端に、べろんべろん徳?が剥がれちゃってさ。あっという間に魂刈られて出荷されてっちゃったんだよ。
僕の目下の悩みは……彼女。
彼女に言うべきか、言わざるべきか。
「まあまあ、駄目だったら出荷されるだけですよ。」
「簡単に言うなよ!!」
悩みに悩んで、僕は…。
「ねえねえ、こっちのシールなくなっちゃった!もらっていい?」
「いいよ!じゃあ僕こっちのひも縛るわ!!」
結局彼女にばらして、手伝いお願いするようになっちゃって。
「毎日が非常識なくせに、平凡だよなあ…。」
ぽつりと漏らした一言に。
「こういう毎日もいいじゃない?」
「じゃあ、ずっと続いてもいいわけ?」
さらりと返ってきた一言。
「うん。」
とんとん拍子で一生の仕事と一生の伴侶を得た僕は。
きゅーん!きゅーん!!
今日も、妻と二人で、魂を袋詰めしている、という、お話。
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