ごめんごめん、わざとじゃないよ(嘘)
朝、目覚めた私がキッチンに向かうと…何処からともなく、わらわらと集まってくる、猫のみなさん。
瞬く間に、キッチンの床は、獣色にそまる。
クロ、クロ、キジ、キジ、クロ、ムギワラ、ハチワレ白……。
……むにゅ。
ああ、猫の尻尾を、踏んでしまった。
「ごめんごめん、わざとじゃないよ。」
あわてて…足をどかして差し上げる。
勢いよくしっぽが跳ねて、床をバシバシと二度ほど叩く。
「……。」
猫は自慢のしっぽを前足に巻き付け、フンとため息をついた。
……猫は、何も言わないが。
やや憮然とした表情でこちらを見上げているような気がしないでもない。
うちは猫人口の多い家(言い得て妙)なので、実に床面積に対しての猫面積が広い。
早朝のキッチンは少し涼しく、猫たちの人気のスポットとなっていることも相まって、まさに足の踏み場がない状況なのである。
気を抜くと……、猫の端っこを踏んでしまうのだなあ。
「はいはい、皆さん、私はこれから調理をしますので邪魔はしないでくださいね。」
猫をかき分け、お弁当作りのために、右往左往。
炊飯ジャーを開けおにぎりをこしらえ、卵を溶いてオムレツを焼き、オーブントースターにナゲットを投入し、ほうれん草を炒め、水筒にお茶を詰め、ランチバッグを取りに行き、お箸を入れて。
調理および作業の邪魔をしてはならんとかしこまった猫たちが、両手をそろえてこちらの様子を伺っている。
こいつは毎朝何を忙しく動いているのだと、呆れた様子で見上げている。
……ぴたっ。
時折、立ち止まっていると、足の指先に冷たい感触が不意に乗っかる。
「踏みましたね?失礼ですよ!」
ごはんにゆかりをふりかけながら下をみると……、猫が私の足を踏んでいるのだ。
「……。」
猫は何も言わないが。
やや得意気な表情でこちらを見上げているような気がしないでもない。
私の足を踏んだ猫は、幾分誇った様子で他の猫たちに混じってゆくのだ。
さも、わたしは飼い主を踏みましたけど、皆さんは?と言わんばかりに他の猫の顔を見るのだ。
……絶対に、わざと踏んでいる。
……どう考えても、わざわざ踏みに来ている。
……。
気を取り直して、完成したお弁当をランチバッグに入れてと。
……むにゅ!
ああ、またしても、猫の尻尾を、踏んでしまった!
おおあわてで…足をどかして差し上げる。
「ごめんごめん、わざとじゃないよ。」
勢いよくしっぽが跳ねて、床をバシと叩く。
「……。」
猫は自慢のしっぽをバシンバシンやりながら、ふゎはぁー!と大きなあくびをした。
……猫は、何も言わないが。
やや誇らしげな表情でこちらを見上げているような気がしないでもない。
……とんだ茶番劇だ。
猫も私も、完全にわざと踏んでいる。
この、なんともわざとらしいしっぽ踏み&足踏みの儀式は、毎朝執り行われているのだ。
踏んで踏まれて、踏んで踏まれて、踏まれて踏んで踏まれて踏んで、踏んで、踏んで……。
……口では、わざとじゃないと言い張っているものの。
誰のしっぽをどう踏むのか熟慮した上で、手加減しまくりで足をのせているのだ。
コミュニケーションをはかるべく、やさしく踏ませていただいているのだ。
不公平の無いよう、皆さんのしっぽをきっちりと踏ませていただいているのだ。
……猫は何も言わないものの。
踏まれたら踏み返し。
踏まれたらたまにしゃーと吠え。
踏まれたらぐるぐるとのどを鳴らし。
朝の忙しい時間帯、こうしたふれあいがわりと……、いや、かなり好きだ。
時折、猫パンチを食らうのもなかなかスリリングでね。
老いた猫の反応も見ておきたいし、実はかなり重要な日課なのだな。
「今日は若猫一号と姐さんが踏んでこなかったな、ちょっと元気ないかも?」
お弁当の準備が終わったので、猫の皆さんのごはんの準備をしつつ、様子を伺おうと……。
……ぴたっ、むに!むぎゅ、にゃーん!ちょいちょい……!のび、のびーん!
ハデに人の足を踏みまくって群がる、猫一同!!!
踏まないやつらは体を伸ばしてキッチンのシンクの端にコッペパンみたいな手をひっかけ、手元をのぞき込んでいる!隙あらばこぼれ落ちたカリカリをいただこうとしているな!
ええい、体の長すぎる猫どもめ!
ごはん皿を並べ始めると、とたんに全員動きが激しくなるんだよね……。
「ちょ、まだ食べないでよ!これは年寄りのやつだってば!わあ、それは子猫用だからね?!あんたの皿はこっちだっちゅーの!」
毎朝毎朝、飽きもせずに人の皿のごはんに執着する獣どもよ……。
隣のエサはウマイに違いないとはりきる皆さんは、まるでしっぽを気にしていない。
しっぽ踏みたい放題タイム、解放の時!
各猫の様子をみながら、しっぽを踏み、踏み…しまった、身のあるところまで踏んじゃった、おおお、朝イチシャーいただいちゃいました、マジごめん……。
ついでに頭ごしごしタイムもやっておこう、この、てかてかと輝く後ろ頭最高にかわいいんだよね。
猫背の頂点ツンツンタイムもやっておこう、この、ピクピク動く毛並みが最高にかわいいんだよね。
耳ペコペコタイムもやっておかねば、この、実に活きの良すぎる手応えが最高にかわいいんだよね。
皆さんの食事タイムも終わり、まったり猫なでタイムに突入、突入……。
どす、どす、どすどすどすどすどす……!
さ、ささささ!
さしゅっ!
てけ、てけ……。
ちゃっ、ちゃっ……。
のそ、のそ……。
たっ!
………。
あ、あああ……!
猫の皆さんの、ご退場!
すっかり広々としてしまったキッチンに、ひとり取り残される寂しさよ……(。>д<)
「ねーねー!なんか食べれるもんある?」
猫蹴散らしパワーの半端ない旦那の起床だ。
「へいへい、お弁当の残りがございますよ!」
「おはよー、今日のお弁当ください!」
「おはようございます。」
ああ、賑やかしい皆さんが一同に会し、一気に狭くなるキッチンよ……。
む゛ぎぎゅぅ!
「ちょ!痛い!足元見て歩きなよ!骨折れる!片足70キロ!!!」
羽のように軽い、遠慮しがちな優しい足踏みとは違う、遠慮なしの図々しい怒りしか呼ばぬ狼藉がここに!
旦那の足踏みは、足生命にかかわるのだ!
踏まれどころが悪いと、二ヶ月の謹慎を余儀なくされてしまうのだ!
「もー、おおげさだなあ…ぱくぱく!狭すぎなんだってば!もぐもぐ、お母さん痩せたらどお!んぐ、んぐ…。」
「私が痩せたら風で吹き飛ぶわ!ふざけんな!」
「ねーパン焼いて良い?」
「目玉焼き作る。」
パンを焼くやつ、目玉焼きを焼くやつ、冷蔵庫を漁りながらお湯を沸かしテーブルの上のお弁当の残りを摘まみつつカップ麺のかごをひっくり返すやつ、実に、実に狭苦しい、朝のキッチン。
四人しかいないのに、面積取りすぎでしょうよ……。
ここにいては、私の足は粉砕されてしまう!
私は、体のでかすぎる家族でみっちみちのキッチンから抜け出し、猫がまばらに散っているリビングへと足を延ばしたのであった。
猫の肉球のひんやり感がたまらないのだ…。
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