場所
目の前には、自分に必要なもの。
だけど置く場所がない。
目の前には、自分に不要なもの。
この自分に不要なものを、大切なものだという、自分じゃない誰かがいる。
だからどかせない。
目の前には、自分じゃない誰か。
自分じゃない誰かが、自分のものではない持ち物を広げている。
自分じゃない誰かが、自分の場所を埋め尽くしていく。
自分の場所がなくなっていく。
自分に必要な、大切なものを、自分の場所に置くことができない。
自分じゃない誰かの持ち物は、自分じゃない誰かに必要なもの。
自分じゃない誰かは、必要なものだからここに置くという。
自分じゃない誰かが、自分の場所に、自分には必要のないものを置いていく。
自分の場所が、自分じゃない誰かのために使われて、自分のものが置けない。
自分の場所がない。
自分の場所がない。
自分の大切な持ち物を抱えたまま、自分の場所に自分じゃない誰かの持ち物が埋め尽くされていくのをただ茫然と見ている。
積み重なる、自分じゃない誰かの大切なもの。
自分の大切なものは、一抱えのこのかばんの中だけに入っているというのに。
…このかばんを置く場所がないというのに。
自分じゃない誰かは、自分の大切なものを置く場所が足りないから、私の場所に置かせてほしいと願い、置いていく。
私は今日も、自分じゃない誰かの大切なものに囲まれたまま、自分の大切なものを置くことができずに、部屋の真ん中で立ち尽くしている。
私が抱えた、自分の大切なものは、自分の場所に置くことすらできない。
…自分の場所など、どこにもない。
自分じゃない誰かの場所に、自分の場所があると思っていた私の認識の甘さを、猛省する。
自分の場所を、確保した。
自分の場所に、自分の大切なものを置いたとき、ああ、ここは、自分の場所なんだと、しみじみ感じた。
広い、広い部屋に、たった一人。
広い、広い部屋に、たった一つ、自分の大切なかばん。
自分の大切なカバンと向き合ったとき、インターフォンが鳴った。
自分じゃない誰かが、自分の大切なものを置く場所がたりないから、自分の大切なものを置くところを貸してほしいと願い出た。
場所を貸す?
貸したものは、返ってくる?
…自分の場所は、自分だけのもの。
自分の場所を、自分じゃない誰かに貸し出して、自分じゃない誰かの大切なものを置かれてしまう。
…場所など、貸せるものでは、ない。
場所は貸せないと申し出ると、自分じゃない誰かはこんなに場所が余っているのに、冷たい奴だといった。
冷たいやつ?
それは違う。
自分は大切なものがこれっぽっちしかない、気の毒なやつなんだよ。
これから大切なものを見つけて、この部屋を大切なものでいっぱいにするために、この場所はあるんだよ。
自分じゃない誰かのものを置いてしまったら、自分の大切なものを、置く、場所が。
でも今空いているんだから、置かせてほしい。大切なものが見つかったら、必ずどかすと約束をするから。
自分じゃない誰かの、強い口調に、大切なものを置く自分の場所を差し出すことになった。
自分の場所に積み重なっていく、自分じゃない誰かの大切なもの。
自分の大切なものは相変わらずかばんひとつで、一向に増えていかない。
自分は、大切なものを見つけることができないらしい。
自分じゃない誰かは、こんなにも自分の大切なものを増やしていっているというのに。
自分の場所に、自分のものじゃないものがあふれたので、自分の大切なかばんひとつを抱えて、旅に出た。
抱えきれなくなったら、場所を探そう。
自分じゃない誰かは、自分の大切なものではないから、手放してしまおう。
自分の大切なものは、かばんひとつ。
自分の大切なかばんをかかえて、大切なものを探しながら、自分の場所を求めて旅をする。
やがて、片手に大きな本を持つようになり、頭に帽子をかぶるようになり、旅行鞄を引くようになった。
けれど、場所を探すほどでは、なかった。
やがて本は朽ちて、帽子はぼろきれになり、旅行鞄はふたが閉まらなくなって中身をこぼすようになった。
自分の大切なかばんも、ずいぶん穴が開いてしまった。
自分は、穴の開いたかばんを抱えて、今、幸せなのだろうか。
…自分の心にも、穴が開いてしまったようだ。
自分の場所に、自分の大切なものを置きたかった、ただそれだけの理由で、旅に出た。
大切なものは増えていかずに、ただ、ただ大切なものが朽ちていった。
ただ、ただ。
自分も、朽ちていこうとしている。
自分が朽ちてしまえば、この胸にあるかばんは、誰にも必要とされない、ただの不用品。
自分は、自分じゃない誰かの、大切な存在になれなかった。
自分の大切なカバンとともに、自分も朽ちて、ゆく。
目の前には、ただ広大な青い空。
目の前には、ただ広大な、草原。
こんなにも場所はあるというのに。
置きたい、大切なものが、見つけられなかった。
広い、広い空の下、広い、広い草原の上で。
自分の大切なカバンを胸に抱いた僕は。
ただ、ただ。
朽ちて、……逝く。
学生時代、一人旅に行くときはこんな感じのバッグ1つで出かけていました。出先で着替える服を買うのが好きでね…。お気に入りのかばん1つで出かけるのがおしゃれだと思っていました。
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