それでもしっかり腹は減る
「うわ、めっちゃ寒いね、今日。」
「ずいぶん寒い。」
早朝6時、辺りがまだ暗い中、私と息子は白い息を吐き出しながら玄関を出た。
私と息子は毎朝ウォーキングをしている。雨の降る日以外は、寒かろうが暑かろうが毎日6時に家を出て、幹線道路沿いの大きな公園に行き、コンビニに寄って7時に家に戻ってくる、それをルーティンとしているのだ。
「あたしも行くよー!!」
遠方の学校に通う娘はウォーキングに行けないことを常々嘆いており、学校の休みの日はそのうっ憤を晴らすかの如くはりきって乱入してくることが多い。ついさっきまでベッドで高いびきをかいていたので、今日は来ないと思ったんだけど…どうやら間に合った様子。ただし、髪はボサボサで、年頃の女子としてはいささか…いや、かなり残念ないで立ちとなっている。
「髪ゴム持ってきなよ!!縛れないとご飯食べるときみっともないし!!!」
彼女の目下の目的は食べ放題のモーニングバイキングである!!!
土日は学校が休みなので、少々足を延ばして公園内のロングウォーキングコースを巡り、帰りにモーニングを食べて帰るのが常なのだ。このモーニングのさあ、スープがうまいのなんのって…。
「わかってるって!!」
食べる気満々の娘は、やけにぶかぶかしたスウェットを着込んでいる。これは腹が裂けるまで食らう気に違いない。地味に自分のウェアも緩めなことは、まあ…伏せておこうか。
公園内のロングウォーキングコースはおよそ3キロ。途中、健康コーナーがあって、私はそこで足つぼやストレッチ、ぶら下がり健康棒などを楽しむ。その間、息子と娘はゴムグラウンドを走って回る。健康コーナーは子どもによる使用禁止が掲げられてるから仕方がない。使えないのであれば、使える場所で時間をつぶしてもらわねばなるまい。
ツイストマシンで腰をひねっていると、息を荒くした娘と息子が戻ってきた。
「ふひー!週に一回でも全速力で走ると気持ちいいね!!」
「はやかった。」
「はいおつおつ。」
私もきりがいいので、マシンから降りてウォーキングコースに戻る。日が昇り、ずいぶんウォーキングする人も増えてきて、すれ違う顔なじみと時折挨拶を交わしつつ軽快に歩いてゆく。
「ちょー暑い!!ぬご!!!」
「ちょ!!あんた今真冬!!!」
「僕も脱ぐ。」
吐く息が白いほどの気温の中、娘と息子が豪快に上着を脱ぐ。…ちょっと、半そでじゃん!!!明らかに季節を無視した姿に、すれ違う人たちが視線を向けている。
「なんかめっちゃ見られてない?」
「みられている。」
「そりゃあね、こんなクソ寒い中半そでで歩いてたらねえ…。デブは寒さに強いんだなあって思われてんじゃないの。」
もしくは、目を疑うような胸部のボリュームにくぎ付けになっているか。
まあね、人ってのは、見慣れないもん見ると思わず凝視したくなるっていうかさあ…。
「何それ!ヒドイ!!スゴイ悪口じゃん!!」
「ひどい。」
しまった、口がいつの間にやら滑っていた。
「マジで!ごめん!!まあ、もうじきご飯食べるし気にしないでね!」
「気にするわ!!」
「気にした。」
朝も早くから娘と息子の機嫌を損ねてしまったらしい。
一時間半に及ぶウォーキングを終え、私と娘と息子が向かうのは行きつけの喫茶店。もうずいぶん長いこと毎週通っている、お気に入りの店なのだな。ワンドリンクに300円追加でサラダ、スープ、お惣菜、フルーツなどが食べ放題、トーストとゆで卵が付いてくる。私は野菜が好きなので、お皿にもりもりと盛り付けて…。絶品スープももらうことを忘れない。パルメザンチーズをトッピングすると美味いんだよね~♪
「うわ!!並んでるじゃん!!」
「混んでいる。」
モーニングバイキングはそこそこのにぎわいを見せている。…むむ、順番待ちの列ができてる、しまった、来るのが少し遅かったか。仕方がない、入り口の順番待ちの紙に名前を書いて…。
「遅いおそい~!!もう食べちゃってるよー!!!」
ボールペンを手に取ったところで、何やら胸焼けのするような声が聞こえてきたぞ!!!
「ちょ、あんた寝てたんじゃないのかいって…げえ!!!何それ!!!」
家を出る時、明らかにぐうすか寝ていた旦那が!!!
リビングのソファで猫三匹のっけて汚い作業着のまま眠り込んでた旦那が!!!
…両手に山盛りのパスタとお惣菜の皿を持って…立っとるがな!!!!!
「ここ来るってわかってたからさあ!場所取っといてあげた!!えらいでしょ!!えっへん!!」
「お父さんマジエライ!!ちょー優秀!!!」
「えらい。」
全然偉くなんかないわ!!!!!
「あんた歩きもせずに朝から腹いっぱいとかふざけんな!食い過ぎだ!炭水化物を減らせとあれほど!」
「もー!怒りっぽいなあ、カルシウム足りてないんじゃないの!!このあと動くの!!」
ああそうですね、そういえば今日はグラウンドゴルフ大会があるって言ってましたもんね!食欲魔人はその巨体からは想像できないほどに、恐ろしくフットワークが軽くてですね!!!毎回毎回こっちまで引きずり込まれて相当ひどい目に遭ってるわけなんですけどね!!!今日も絶対に途中で手伝いの要請が入って借り出されるんだよ、ああ、もう…。
「おはようございます!今日は別々にご来店なんですね!」
「はは、たまにはね、こういう日もね、ウフフ。」
旦那の陣取っていた席に着き、ドリンクを注文しようとベルを鳴らしたら、なじみの店員さんがニコニコしながらやってきた。
「さっきまで空いてたんですけど、急に混んじゃって。ちょっとドリンク遅れます、ごめんなさい。」
「大丈夫です、ええとオレンジジュースにミルクに…アイスティーもらおうかな、追加のバイキングもお願いします。」
私は注文している間も、旦那はず―――――――――――――――っと!!
もぐもぐもぐもぐモグもぐもぐもぐ…!!!
「いつもいっぱい食べてくださってありがとうございますー!じゃあ、バイキングご自由にお取りください、失礼します!」
店員さんのテーブルを去る間際の笑顔が少々引き攣っているのは、気のせいなんかじゃないはずだ!!!
「いただきまーす!!!」
「いただきます。」
娘はサラダパスタと和惣菜を大盛りで持ってきた。
息子はコーンを山盛りにし、シイタケの煮物でぐるりと囲んでいる。
私は…とりあえず、スープとブロッコリーチーズをもらってきてですね。一口頂こうかなとですね。
「もぐもぐ!!うまうま!!おかわり持ってこよう!!がつがつ!!!」
…なんていうかね、もうね、おなかいっぱいなんですけど。おかしいな、300円分はしっかり食らうつもりだったんだけど。
「お待たせしましたー、トーストと、茹で卵と、ドリンクでーす!」
「はーい!」
「なんであんたがトーストとるのさ!!!人のもん勝手に食うな!!!もう自分の食っただろうが!!」
「ゆで卵食べたい。」
「ねーねージャム塗っていい?!」
わ、私の分のトーストが!!!
そりゃおなかいっぱいって一瞬思ってたけど!!
焼き立てのトーストのにおい嗅いだらおなかがぐうって鳴ったのに!!!
うぎぎ、この恨みはらさでおくべきかああああああ!!!
バクつく旦那をひとにらみすると!!!
「帰りさあ!焼き立てパン屋さん寄って帰ろう!!」
ガッツがっつと人の分のトーストまで二秒で食らいつくした旦那が、一枚の紙を…。うん?こ、これは!!!
「ちょ!!これ高級食パン交換券じゃん!!どうしたの!!!」
先月頭にオープンした、超高級食パン店は、いつ行っても店の前に行列ができており、なかなか購入できなくてですね!!!諦めていた自分がおりましてですね!!!
「さっき内田さんにもらったんだよ、コーヒー飲みに来ててさあ!!もう帰っちゃったけど!!なんか食パン食べないんだって!!」
「マジで!!!ヒャッホウ!!家に帰ってトースト祭りしよ!!!」
がぜんテンションの上がった私はですね!!ブロッコリーとスープとひじき煮とナスの煮びたしと…その他もろもろ腹六分目ほどおいしくいただいてですね!!帰りに食パンをもらいに行ってですね!!
「意外と人って食パンいっぱい食べられるんだね、知らんかった…!」
高級パン屋をうたうだけの事はある!!!普段腹八分目を心がけている私が、満腹を目指して胃袋峠を駆け上る日がこようとは!!!ホカホカと湯気の出ている食パンをちぎる手が…止まらん!!!
「確かに、これはウマい!!!とろける!!!」
「ハフハフ!!うま、うま!!バターとってー!!!」
「おいしい。」
焼き立ての超高級食パンのうまいことと言ったらもう!!ふわふわのもっちもっちの、ふにゅんふにゅんのはぐはぐの!!!うまい、うますぎる!!
…おかしいな、旦那と娘と息子は腹いっぱい食べてきたはずなのに、どうして食パンがどんどん減っていくんだ。あっという間に、食パン一本がなくなっちゃうとか、どういうこと…!!!
「ふひー!!食った食った!!…あ、ヤベ!!集合時間だ!!行ってきます!!!」
旦那はパンくずだらけの口元を拭きもせずにですね!!!ドスンドスンと出かけて行ったんだけど!!!
ちょ!!
バターぐらい片付けていかんかい!!!
「ねえ!!お父さんなにも持たないで行っちゃったけど、これいるやつなんじゃないの!!」
パンくずだらけのテーブルの上を拭き拭き、床の上に掃除機をかけかけやっていると、何やら娘がカバンを持ってきた。
「ああ!!それ絶対にいるやつじゃん!!スコア表プリントするやつだよ!!!ちょっと学校に持ってって!!」
「ええー?!ゴロゴロしようと思ってたのに!!!」
ぶつぶつ言いながら、娘はグラウンドゴルフ大会の行われている小学校へと向かった。…なんだかんだでお願いは聞いてくれるいい人なんだよ。
掃除も終わって、美しい食卓で優雅にコーヒーなんか入れてさて飲むぞと思っていたら、何やら息子が段ボールを抱えてやってきた。
「これおいてある。」
「…ちょ!!これ景品じゃん!!なんで重要なもん忘れてってんだ!!!ちょっと学校に持ってって!!!」
優勝者に渡すメダルをそのまんま忘れていくとかありえねえー!!!
「わかった。」
いい返事をして、息子はグラウンドゴルフ大会の行われている小学校へと向かった。…相変わらずお願いを聞いてくれるいい人だな。
…この忘れっぷり、やらかしよう。まだ何か忘れているに違いないぞ、私はあたりをぐるぐると見渡す。
…上着は必要ないな、分厚い肉が備わっている。かばんは娘が持って行ったな。景品は息子が持って行ったな。あと何か忘れ物はないか。財布は必要ないから大丈夫、ハンカチティッシュはもともと使うタイプじゃないから必要ない、眼鏡はかけていったから問題ない。…いや、私の知り得ない、何か重要な忘れ物をしている可能性は…否定できん!!!…念のため電話して聞いといてやるか。
私が旦那に電話をすると。
ぷるん♪ぷるん♪ぷるんぷるんぷるん♪
旦那のスマホが、猫の腹の下で、軽快な音楽を奏で始めた。
スマホを旦那に届けに行った私は…やっぱり夕方まで、イベント運営の手伝いをすることになり。その頃には、満腹になっていたおなかもすっかり減ってですね!!!
食べた分は、きっちり消化できました、そういうお話です!!!