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プール

 プールの季節がやってきた。

 六月に入った頃から、私は頻繁に市民プールに通い始める。
 この町に越してきてからもうずっと…、毎年の恒例となっているのだ。

 私はもともと、プールと言うものが非常に大好きだ。

 水と戯れることを非常に楽しみにしていて、夏はもちろん秋でも冬でも春でも気ままにプールに出向くような、非常にフットワークの軽いタイプの人間である。主に子供と一緒に毎週のように近所の市民プールに出かけては、毎回二時間三時間と遊んで、塩素くさくなって帰宅する。

 現代は温水プールなるものがあるので比較的年がら年中遊びにいけるのだけど…やはり、プールの季節といえば6,7,8月という認識だ。冬の間はトレーニング目的の若者や高齢者がぼちぼち利用しているだけで、なんとなく、プール自体が寂しそうに見える。浮き輪を持った子供達がプールの入り口、ロビー…あちこちに出没するようになってほどよく賑やかになる頃がわりと好きだ。

 私は泳ぎ自体は得意なほうではない。飛び込みはできないし、25メートルしか泳げない(しかも顔出しの平泳ぎのみ)ので、もっぱらファミリー層向けの流水プールに入っている。浮き輪で水に浮かんで流されてみたり、水をジャブジャブやってみたり、ぼんやりプールの天井に映る水面の光を眺めてみたり、ド派手に水しぶきを上げてはしゃぐ子供達のやらかしを観察したりするのが大好きなのである。

 500円で三時間は遊べる、非常にリーズナブルなレジャー施設、市民プール。歩いて一時間の距離にあるのも実に都合が良い。ウォーキングをかねて出かければ、常日頃の食べ過ぎにより蓄積されたカロリーを燃やすのに大変役に立つ。暴飲暴食をしながらある程度の膨張で済んでいるのは、すべてプールがあるおかげなのだ。

 初めてプールというものに入ったのは、幼稚園の頃だった。

 当時は、子供用の水着なんてものはほとんど売ってなくて、プール用のパンツを持っていくことになっていた。幼稚園の庭園に有る、10メートルプール。お友達と一緒に水遊びするのはとても楽しかった。

 小学生になって、初めて水着というものを買った。

 当時は、かわいい水着を買うのはお金持ちだけの特権のような風潮があったので、スクール水着しか持っていなかった。夏休みのプール出校は一日も休まずに出席したし、市民プールにも毎日のように通った。流れるプールなんてものはまだなくて、公園にあるような滑り台がひとつだけあって、何度もつるつるとすべっていたら水着に穴があいてしまったことを思い出す。

 中学生になっても、スクール水着を着て市民プールに通っていた。

 だが、この頃から、プールに行く回数が格段に減ってしまった。なぜなら、今まで小学生は無料だったプール使用料金が、200円に跳ね上がってしまったからである。

 高校生になると、友達と一緒に大きなプールに行くようになった。

 いわゆる、ジャンボプールや遊園地のプールである。市民プールとは違い、滑り台もたくさんあるし流れるプールもあった。友達はお洒落な水着を着ていたが、私はまだ…スクール水着を着ていた。恥ずかしいので、ハンドメイドのパレオを巻いてごまかしてはいたけれど。また、休憩所や飲食ブースなんかもあって非常に魅力的だったが、ますます行く回数が減ってしまった。楽しさがあふれまくっているプールは、それなりに入場料金が高くて、年に一度しか行くことができなかったのだ。溜め込んでいたお年玉を使って遊ぶのは、ずいぶん気持ちの良いものだった。

 大学生になると、いよいよスクール水着を卒業することになった。

 アルバイト代で水着を買い、遊ぶために電車を乗り継いで豊富なアトラクションのあるプールに出向くようになり、毎年真っ黒に日焼けをして…ずいぶん後になって、激しく後悔をすることになった。当時は日焼けギャルがわりとはやっていて、後に美白ブームが来るとは露ほども思っていなかったのだ。

 社会人になってからは、有給を使ってプールに行くようになった。

 仕事のストレスはプールでばしゃばしゃやって解消していた。後に旦那になる人も非常にアウトドアタイプの人で、休みの日をあわせては車に乗り込み一緒にプールに出かけて真っ黒に日焼けをして…会社の人にずいぶん笑われたものだ。

 結婚してからも色んなプールに出かけていた。

 さすがに妊娠中産後はプールに行くことはなかったものの、娘のオムツが取れた年に再びプールに通いだした。派手に膨張してしまった産後太りを解消するべく、週二回プール通いをした日が思い出される。

 きっちりもとの体型に戻った後もプールに通って、そうこうしてるうちに弟が生まれて、またもや信じられないような増量を果たし、産後太りを解消するべく週二回プール通いをしたものの…まったく引き締まることがないまま年月が過ぎ去り、もうずいぶんたつ。痩せたら着るからと言って取っておいた水着の数々は風化してしまって…結局捨ててしまったんだよなあ。毎年毎年、きつくなっただのもう派手になったからだのと理由をつけて水着を新調してさあ……。

「およがないの?」

 市民プールには、一時間に一度休憩タイムというものが設けられている。十分の休憩の終わりにはラジオ体操が流れて、それが終わったと同時にみんながプールの中に入るのだ。

 ……なんか、誰も流れていない流水プールの水面のキラキラを眺めてたら、ついつい思い出に浸ってしまったじゃありませんか。動こうとしない私に、プール大好きっこの息子が声をかけてきたぞ。

「ウーン、ちょっと、休憩。君一人で泳いで来なさいな。」

 正直、ちょっとはしゃぎすぎた。二時間もプールで流れてたら、疲れてしまってですね。ああ、おかしいな、私はこんなにも疲れるような貧弱な人間だっただろうか?ああ、寄る年波というのは本当に恐ろしいことこの上ない……。

「はい。」

 一人で浮き輪を抱えて、流れるプールに意気揚々と乗り込んで行った息子…実にいい笑顔でこちらに手を振っていらっしゃる。早速こちらも、ニッコリ笑って、手を振り替えしてみたり…ああ、あっという間に流れて行ってしまった。

 水色の帽子を見送りつつ、次々に流れてくる市民の皆さんにぼんやりと視線を落とす。プールサイドのベンチに座りながら、流水プールではしゃぐ人たちを見ていると…なんか、それだけで癒されるって言うか。プールで遊んでる人たちって、みんな本当にこう…はじけるような笑顔で喜んでる人が多いんだよね。アームヘルパーをつけているちびっ子に大人しく流れている小学生、友達とはしゃぐワンパクどもに子供を追いかける親御さん、お孫さんと笑っている年配の皆さん…。

 息子もいよいよ中学生だ、一緒にプール通いをしなくなるのも…もう、間も無くかなあ。あれだけ毎日のように一緒にプールに通っていた娘はもう社会人になってしまい、ここ数年水着姿すら見た事がない。遠くない未来、息子もきっと同じような道を辿ることになるのだろう。もうずいぶん長いこと、一人でプールに来たことがないから…寂しいような、気もする。

 …まあ、でも、若い頃は一人で行くこともぼちぼち有ったんだよね。子供達が学校行ってる間にジムのプールに入ってたこともあるし。もくもくと水中ウォーキングしたり、水中エアロやったりわりと楽しかったんだよなあ。そういえばあのプールはやけに綺麗で、楽しそうなヒーリングミュージックも流れていて、ずいぶんお気に入りだった。また入会しようかな?でもなあ、私はこの市民プールの雑多な感じが非常に好きなんだよなあ。

「まだ遊んでてもいい?」

 いつの間にか一周回ってきた息子が、私の前で立ち止まって声をかける。時計を見ると四時半…そうだな、そろそろ帰る時間か。じゃあ、最後にもう一回遊んで終わるかな。

「じゃあ、あと二周したら帰るか、最後に私も入ろ!」

「帰りにアイス食べたいねぇ。」

 私は浮き輪を装着し、賑わう水の流れに混じったのだった。

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たかさば
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