小説 男岩鬼になりたくて14
「なあ、昨日は大丈夫やったか?」
細井の優しい声がした。
「あ、おう……」
誰だ、もうひとりは?
「おまえな、ムチャしすぎなんや。少しは仲良くやれや」
細井はそう言いながらポケットをまさぐり、カチャッと百円ライターの着火音が恥ずかしそうに鳴る。もうひとりは、すでに美味そうに吹かしていた。
「なあ、あんとき、ワザとヤラれたやろ。おまえ、ひとつも抵抗しなかったもんな。あれ見てわかったわ」
「蹴ったやろが」
あいつだ。口数がまったくないから分からなかったが、剛田だ。
「あれは、自分をヤレっていう合図やろが。そこからみんなが雪崩かかって殴る蹴るが始まった。そんな思いがあるなら、もっと上手くやれねーのかよ」
「おめえに迷惑かけてねえやろ」
「アホか、かけてるやろ。おまえのせいで連帯責任なるんやから」
軽いボケツッコミのような関西ノリ。俺たちには見せたことのないテンポ。煙をたゆらせ、2人して寝そべっている。
「なあ、あの星って神戸でも見れるんかな」
「……見れんやろな」
「見れんでも、あの向うに神戸か……クソッ!」
細井の声が震えている。
「帰りたきゃ帰れや」
剛田が感情的に口走った。
「アホか! 帰らんわ。ここまで来たんや。おまえこそ帰るなよ。もうどこも行き場あらへんぞ」
細井は、右腕で顔を拭う。
「俺は帰らんで。どんなにドツかれようとな」
「やっぱ、おまえはアホや。ドツかれるの前提でもの言うとる。ドツかれない方法を少しはちゃんと考えろや。俺もこれ以上かばいきれんよって」
「おまえ、いつかばったよ」
「心の中でずっとかばっとるわ」
「……」
「おい、突っ込めよ。ノリわりいな。それでも関西の人間けぇ」
「……ひとりでやっとけや」
「なんやと! 愛想ねえ野郎やな。まあ、とにかく今はやるしかないわな」
言葉は全然噛み合ってないけど、心が通い合っている会話に聞こえた。