小説 男岩鬼になりたくて11
その夜、1年生全員が呼ばれた。
「おい、今日の朝、笑ってた奴いたよな。手上げてみろ。自ら名乗りでたら許してやる」
もちろん、誰も名乗りあげる奴はいない。誰も笑っていないんだから。
「おい、舐めてんのか。大江、てめえが笑っているの知ってんだぞ」
大矢がイチャモンをつけてくる。
「いえ、笑って……ゴツッ!」
話し終わる前に左頬の骨の衝突音がして目の前が揺れた。
「いちいちうるせえんだよ」
うるさく言ったつもりはない。それからは、首根っこを摑まれて左頬を連続10発近く殴られる。大矢はサウスポーだ。さすがに利き腕で殴りはしない。その日から毎日1年生がひとりずつ呼ばれ、餌食になっていった。みんなで殴られるより、ひとりだけ集中攻撃されているほうが精神的にきつい。仲間が殴られているのを助けてやることもできずただ指を銜えているだけ。待機している間も「バシッ」「グシャ」という衝突音が頭の中に響いてくるようだった。
いつものように自分たちがヤラれた腹いせを俺たちに向けているのもあるが、今回は意味合いが違う。首脳陣が何言おうと、新チームの中心メンバーは2年生なんだという威嚇の集合だ。殴るための大義名分なんて、あってないようなものだ。理由なんていくらでもつけられる。
時に練習後にも1年生が集められ、教育係のミスター金城がイキがって言う。
「腹が減っている奴、手を挙げろ!」
もちろん、誰も手を上げない。
「減ってねえなら、晩飯抜きだな。おい、大江、本当は減ってるんだろ?」
やべ、俺が名指しで呼ばれた。
「はい、いえ」
「どっちなんだよ!」
いきなり左頬を叩かれる。もう毎度のことだ。
「はい、少し」
「だったら晩飯前におやつを食べさせてやるよ。口開けろや」
そう言うと、バッタを顔の前に差し出された。
「これ、タンパク質あるから栄養になるぞ」
ミスター金城がこれ見よがしに言っても、俺は口を開かなかった。
「早く、口を開けろって!」
意地でも開かないつもりでいたが、急にボディへとパンチが入った。呼吸をするために口を開いた隙に、バッタを放り込まれ思わず吐き出した。
「おいおい、食べ物を粗末にしちゃダメやねえの。はい、もう一度口を開いて」
突然大矢が現れ、地面にいたバッタを拾い上げて、顔の辺りまで持ち上げる。
くそ、しょうがないと思い、口をゆっくりと開く。
「そうそう、よく噛んでな」
口の中にバッタをヒョイと放り込まれた。口の中でバッタがピョンピョン跳ねるものだから口を半開きの状態のままでいると、
「はい、よく噛んで!」
大矢が号令をかける。まじかよーと思いながら、俺は恐る恐る口を閉じる。
「閉じるだけじゃなくて、噛めって!」
大矢が煽る。
俺は意を決して歯と歯を合わせるようにガシッと噛んだ。
「プチッ!」
口の中で軽く弾けるような音がすると、体液が流れ出し、今まで嗅いだことのない臭みと苦味が舌に広がった。味とかじゃなく昆虫を噛み砕いた、あの“プチッ”という音。頭の回路が切れる音とは違う種類の音……、知ってても何の得にもならない音なのに知ってしまった。口の中の感触とあの音がしばらく耳から離れなかったのはいうまでもない。
それからというもの、2年生が球拾いと草むしりをやっている間、夜の集合はずっと続けられ、事あるごとにバッタやコガネムシなどを1年生たちは好き嫌いなく食べさせられた。