小説 男岩鬼になりたくて13
「おまえ、どういうつもりなんや! おまえのせいでみんなが迷惑かかっているの知ってるやろが」
剛田を1年生全員が取り囲んでいる中で、慶太がまず口火を切った。なんか思うに、いつもどっかで聞いたような台詞しか吐かない。これじゃ、2年生の奴らとなんら変わらん。安っぽい恫喝ではなく、奴の本音を聞き出すような言い方をしないと意味がねえだろうよ。頭が悪すぎる。もう最初から殴る気まんまんでいるんだからな。
顎を少し上げ、斜めから睨みつけるように見下ろす剛田。敵意をむき出しというより、完全に睥睨している態度。これがこいつのやり方なのか。
「われ、のう、なんか言ったらどうや?」
慶太がツバを飛ばしながら言う。どうして恫喝めいた台詞を吐くときに限って関西弁や広島弁になるんだ!? みんなが『仁義なき戦い』の菅原文太気分だ。絶対に世代じゃねえのに、さも『仁義なき戦い』をリアルタイムで観てきたように肩で風を切って巻き舌で話す。そんなエセヤンキーなんてまったく怖くない。そんなことも分からないのが、沖縄実業だ。
「お、流れ星!」
息巻いている同期の前で剛田が発した言葉が思いもよらなかったせいか、俺も含めてみんな息を呑んだ。完全に馬鹿にされている。
「ふざけてんじゃねーよ!」
慶太がまず殴りかかるが、簡単に避けられた。先輩からのパンチと違って、同期のパンチは避けてもいい。バックスイングが大きいから避けるのは簡単にしても、相当喧嘩慣れしている。だからといって剛田は攻めてくる気配はない。
1対20。“北斗神拳”でも使わない限り、どう考えても不利な状況だ。ゴングが鳴った以上、もう話し合いで済むことはない。
「よし、後ろ取ったからヤレ!」
具志堅が剛田の両腕を羽交い締めする。こうなると、さすがに身動きができない、と思いきや、頭を大きく後ろに振り、逆頭突きのような形で具志堅の顔にヒットさせた。鼻に当たったのか鮮血が飛び散るが、それでも羽交い締めを緩めようとはしない。すると、剛田は両足で思い切りジャンプしながら目の前の名護の腹に蹴りを入れ、その反動を利用して全体重を具志堅にかけて後ろに倒れこむ。これは反撃したんじゃなく脱出を試みたんだと見えた。そのまま後ろ向きに倒れた剛田を、みんなが一斉に乗りかかって殴る蹴るの暴行。そして、一段落したところで剛田を立たせて、今度はしっかりと羽交い締めし、両足ともに誰かにしっかり持たせて固定させた。
「よし、みんな一発づつ殴れ!」
少し息が切れかかっている慶太が号令をかける。
巨漢の具志堅がまず顔とボディに一発づつ入れた。後を追うように次々と顔や腹に殴り出す。
「てめえ、死なすぞ」
「ざまねえな」
「わかるよな、はよ辞めて楽になれよ」
「野球できなくするぞ」
「クソナイチャーが! 死ねすぞ!!」
溜まってた鬱憤を吐き出すかのように一言浴びせながら、各々殴りつける。一斉にボコボコにするより、ひとりひとりが対峙して言葉を浴びせて殴る。殴られる痛みが肉体を傷付け、浴びせる言葉が精神的に心を蝕む。完全なるイジめだ。
そして、細井の番になった。
「おい、はよしろや!」
他の1年がけしかける中で細井は、まん丸の顔を真っ赤にしながら動けないでいる。そして、いきなり、「うわぁーー」と奇声をあげて殴りつける。誰よりも強く何度もパンチを入れていた。細井は、下を向きながらロボコンパンチのように手をグルグル回すようにバシッ、ガシッ、拳を打ち付けている。まるで涙を隠すかのように大袈裟な動きに見えた。
「最後、蒼、おまえもだ」
これじゃ、俺がラスボスみてえじゃねえかよ。まあ、いいや。躊躇せず思い切り踏み込んでボディに放った。地獄のような苦しみが襲うボディをお見舞いすることで、俺たちがどんな気持ちを抱いているか教えたかったわけじゃない。単に、苦しみを倍増させたかっただけ。ヤルからにはとことんやる。これで辞めたければ辞めればいい。
具志堅が羽交い締めを離したとたん、小さなうめき声を出して悶絶して倒れ込んだ。
「二度と遅刻はするなよ。今度やったらまじで死なすぞ」
慶太お得意のヤクザまがいの捨て台詞がまたもや炸裂し、みんなと一緒にゾロゾロと寮に戻る際、不意に奴に目を向けると、奴は踞りながらもこっちを見ていた。それも笑いながら。でも、その目はいつもの薄気味悪い目ではなく、少しだけ温かみが通った目のように感じた。