ビギナーズ
40代以上の音楽通、特に洋楽リスナーには80年代洋楽見下す傾向の者が多い。それは、明らかにロッキング・オンやクロスビートといった音楽誌の悪影響だと思う。
こうした音楽誌は、70年代以前と90年代以降のロックを絶賛するくせに80年代のロックは酷評するのが常だったからだ。
例外的にカレッジ・チャート(死後かな)を賑わせた、当時、モダン・ロック(後のオルタナティブとほぼ同義)というジャンルにカテゴライズされたアーティスト(U2、R.E.M.など)は評価したが、80年代にヒット曲を連発したアーティスト(HR/HM系含む)は、ほとんど無視状態だった(プリンスは渋谷陽一が好きだから好意的に取り上げていたようだが)。
正確に言うと、80年代は雑誌の売り上げを伸ばすために、デュラン・デュランだろうと、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースだろうと、ブライアン・アダムスだろうと取り上げていたけれど、90年代にオルタナ/グランジの時代になると、掌を返したように、80年代洋楽をダサいもの、音楽性のないものとして評するようになったという感じかな。
そして、現在40代以上の洋楽リスナーは、10〜20代の音楽情報収集が楽しくて仕方ない時期に、ロッキング・オンやクロスビートを通じて、そうした“80年代洋楽はクソ”という洗脳をされてしまい、それが長いこと尾を引くことになった。
ロッキング・オンやクロスビートが80年代洋楽批判をトーンダウンさせたのは、2000年代末あたりからだ。
理由は大きくわけて2つあると思う。
一つは、ザ・キラーズなど、明らかに80年代サウンドに影響を受けているアーティストが続々とメインストリームな存在になったことだ。
若手アーティストを、期待の星として大々的に取り上げるのを音楽誌は好むが、80年代洋楽を酷評したままのスタンスでは、80年代洋楽に影響を受けたニューカマーを評価できないからだ。
そして、もう一つの理由は洋楽リスナーの高齢化だ。2000年代半ば以降、CDは売れなくなったが(特典商法で複数枚買わせる国産アイドルなどは除く)、特に売上が低下したのが洋楽だ。
日本では、ダウンロードやストリーミングが浸透するのに時間がかかった=フィジカル信仰が強いのにもかかわず、洋楽が売れなくなってしまった。
●若者の嗜好が内向きになり海外エンタメに対する興味がなくなった。
●海外に興味がある若者でも、その対象が洋楽ではなくK-POPになった。
●洋楽にヒップホップ寄りのサウンドの楽曲が増えたが、日本の中高年リスナーには好まれない。
●洋楽シーンがダウンロードやストリーミング中心になったことにより、CDショップに行っても、最新ヒット曲を収録したCDが売っていない。
などといった様々な要素が重なった結果、洋楽不振になったということなのだろう。
となると、音楽誌など日本の洋楽業界は、今でも洋楽>邦楽と思っている中高年リスナーに媚びなくてはならない。
2000年代前半までは、さんざん、80年代洋楽をバカにしてきたが、それだと、自称・音楽通以外の中高年洋楽リスナーを排除することになってしまう。
ロッキング・オンやクロスビートに洗脳され、80年代洋楽はクソだと言う信者よりも、純粋に80年代洋楽は輝いていて良かったと思っている中高年リスナーの方が多い。雑誌の売り上げを維持するには、80年代懐古の特集をして、幅広い中高年リスナーに媚びるしかないということだ。
だから、ロッキング・オンは、かつて見下していたボン・ジョヴィなんかも取り上げるようになったということだ。
それに伴い、70年代以前にデビューしたベテラン・アーティストに対する評価も一変した。
それまでは、70年代までの活動と90年代以降の活動は評価しても、80年代の活動は酷評か無視だった。
でも、この路線評価によって再評価されることになった。80年代のデヴィッド・ボウイもそうだ。
2000年代までは、80年代から90年代初頭のボウイの活動は音楽誌ではさんざんな言われ方をしていたが、2010年代になって、やっと、きちんと評価されるようになった。
最大のヒット曲“レッツ・ダンス”や“チャイナ・ガール”などを収録した1983年のアルバム『レッツ・ダンス』、“ブルー・ジーン”などを収録した84年のアルバム『トゥナイト』が正しく評価されるようになった。それは歓迎すべきことだと思う。
でも、80年代のボウイが評価されるようになっても、いまだに酷評されている時期がある。それは、80年代後半から90年代初頭の期間だ。
1985年、ボウイはミック・ジャガーとのデュエットでチャリティー・シングルとして“ダンシング・イン・ザ・ストリート”(カバー曲)をリリースしたが、当時の洋楽メディアというのは、チャリティー活動を偽善的と批判するのがカッコいいみたいな風潮があったので、今もその名残りでこのデュエット曲についてはほとんど語られていない。
そんな、アンチ・チャリティーだったはずの洋楽メディアが2000年代以降、米リベラルというか民主党的な動きに洗脳されて、チャリティー活動を評価するようになったのは矛盾しているけれどね。
80年代のボウイは日英合作映画「戦場のメリークリスマス」など映画出演が相次いでいたが、中でも映画絡みの活動が目立ったのは86年だった。
ミュージカル風映画「ビギナーズ」には俳優として出演するのみならず、サントラにも参加。「ラビリンス/魔王の迷宮」も演技・音楽の両方で参加した作品だが、こちらのサントラは事実上、ボウイのアルバムと言っていい内容になっていた。さらに、こちらは音楽面での参加のみだが、アニメーション映画「風が吹くとき」では主題歌を担当した。
そして、87年にはアルバム『ネヴァー・レット・ミー・ダウン』をリリース。このアルバムからは、“デイ・イン・デイ・アウト”や“ネヴァー・レット・ミー・ダウン”といった全米トップ40ヒットが生まれた(個人的には、全米ヒット曲にはなっていないが、“タイム・ウィル・クロール”はかなり好きな曲だ)。
そして、89年には、バンド、ティン・マシーンの一員としてアルバムをリリース。以降、ソロ活動は封印し、ティン・マシーンとしての活動に専念すると宣言する。
それにあわせて90年には、ソロ活動封印記念のベスト盤をリリースし、ワールド・ツアーを敢行することになる。
このベスト盤に収められた唯一の新曲が代表曲の一つ“フェイム”のニュー・バージョンである(=ソロの新曲を作る気がない)ことからも、ボウイが本気でバンド活動に専念しようとしているのだろうと思ったファンも多かったことだろう。
しかし、91年にリリースされたティン・マシーンとしての2ndアルバムが思ったような成績を収められなかったため、翌92年にはあっさりと、ボウイは映画「クール・ワールド」のサントラに“リアル・クール・ワールド”というソロ曲をサントラに提供してしまう。
そして、翌93年にはソロ・アルバム『ブラック・タイ・ホワイト・ノイズ』をリリース。このアルバム以降、洋楽メディアは再び、ボウイを絶賛するようになった。
本作「ビギナーズ」はそんな、ロッキング・オンなど洋楽メディアの路線変更や、ボウイの死をもってしても無視されたままの時期に俳優およびミュージシャンとして参加した作品だ。
もっとも、クレジット上では3番手だけれど、出番はたいしてない。しかも悪役だ。
そんな悪役が権力者に立ち向かう若者たちの心情を代弁したような主題歌を歌っているんだから、なんだこりゃって感じだ。
実は、本作をきちんと見たのは今回が初めてだが、公開当時、大酷評されていたのも納得の内容だった。
というか、全体的にテンポが悪いんだよね。
それから、ミュージカル風映画と言われているように、本作は純粋なミュージカルではない。要は映画の尺に伸ばされたミュージック・ビデオだからね。なので、ストーリーもあるんだか、ないんだかって感じだし、展開も唐突なんだよね。
ただ、メガホンをとったジュリアン・テンプル監督らしさは全開だったと思う。彼は80年代から90年代にかけてミュージック・ビデオの世界で活躍したが、冒頭のワン・ショットで見せるシークエンスは彼が手掛けたジャネット・ジャクソン“あなたを想うとき”のMVでも取り入れられた手法だ(本作と同じ1986年作品)。また、ストリートで展開される群舞的なパフォーマンスは同じくジャネットのMV“オールライト”(1990年)を想起させる。
だから、長編MVとしては良く出来ているんじゃないかなという気はする。
そして、本作を撮ったからこそ、これで学んだことが1989年の映画「ボクの彼女は地球人」(当時婚姻関係にあったジェフ・ゴールドブラムとジーナ・デイビスが共演しているほか、ブレイク前のジム・キャリーやデイモン・ウェイアンズ、当時、MTVで人気だったシットコム風音楽番組でおなじみのジュリー・ブラウンも出ている、超お宝映画)に活かされ、きちんとミュージカル・シーンと呼べる場面を撮ることができたのではないかと思う。
もっとも、本作も「ボクの彼女は地球人」も興行的にも批評的にも失敗した作品なので、その後、彼は数えるほどしか劇映画を撮っておらず、映画は音楽ドキュメンタリー専門状態になってしまったが…。
ただ、現在の視点で見ると、結構、Black Lives MatterとかMeTooなどの運動とリンクする黒人や女性、同性愛者に対する差別問題を扱った社会派映画だったりもするんだよね。
だから、もうちょっと、ストーリーがしっかりしていれば、きちんとミュージカルになっていれば、もう少し評価されたんじゃないかなという気はする。
それから、本作は、ボウイが歌う主題歌“ビギナーズ”のイメージが強いけれど、サントラは全体的にジャジーな感じなんだよね。
クールと呼ばれるキャラクターは明らかにマイルス・デイヴィスを意識していると思うしね。というか、“ソー・ホワット”に歌詞をつけた楽曲も使われているから間違いないと思う。
それから、歌手役でシャーデー・アデューが出演しているけれど、シャーデーの楽曲というのは元々、ジャジーな雰囲気あるしね。
あと、ジャジーな楽曲と言えば、本作のヒロイン役パッツイ・ケンジットがボーカルを務めるエイス・ワンダーによる挿入歌“ハヴィング・イット・オール”も印象的だけれど、この曲が日本の洋楽チャートでヒットしていた当時は、“これがエイス・ワンダーの曲なの?”って不思議に思っていたんだよね。何しろ、デビュー曲“ステイ・ウィズ・ミー”はめちゃくちゃキャッチーでポップだったからね。
というか、それ以降の“浮気なテディ・ボーイ”や“モンマルトの森”、“クロス・マイ・ハート”といったシングルとも路線が離れていた。
でも、映画を見て納得した。作品のジャジーな雰囲気に合わせた曲だったのか。
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