デッドプール&ウルヴァリン
20世紀フォックスがディズニー傘下の20世紀スタジオになって以降では初めての「デップー」作品。「X-MEN」シリーズ全体でも日本劇場未公開のスピンオフ「ニュー・ミュータント」に続く2本目のディズニー配給作品だ。
過度なポリコレ描写で近年のディズニー作品は映画ファンに批判されることが多い。ディズニーが配給するマーベル・シネマティック・ユニバース作品がつまらないと言われ、興行成績も伸び悩んでいるのはポリコレ描写が大きな要因であることは否定できないと思う。
そして、本作は「デップー」シリーズ及び「X-MEN」シリーズとして初めてマーベル・シネマティック・ユニバースに含まれる作品となった。
これまでの「デップー」2作品は高い評価を受けたが、ディズニーのせいでクソ映画になるのではないかと不安視していた人も多かったと思う。
実際に鑑賞してみるとそこまで酷くはなかった。まぁ、過去2作は傑作だったが、本作はそこまでのレベルに達していないのは事実だ。また、本作で展開されるマルチバースネタに対して、“またかよ…”と嫌悪感を示す人も多いと思う。
でも、「デップー」シリーズはそもそも、マルチバースをネタにしていた作品だから、マーベル、DC問わず、最近のアメコミ原作映画で連発されているマルチバースとは趣が違う。マルチバースをなくそうとする者が悪役となっているが、それは、マルチバースを導入することを全否定するものではなく、アメコミ原作映画以外でも乱発されているマルチバース展開について安易な使い方をするなと警鐘を鳴らしているに過ぎない。マルチバースなんだから何をやってもいいと考えている作品が最近は多いからね。
というか、本作のメインテーマは昔からよく言われている中年の危機ではないかと思う。
デッドプール役のライアン・レイノルズは47歳、ウルヴァリン役のヒュー・ジャックマンは55歳だ。
40代、50代になり、人生の半分を過ぎた人たちは自分は何も成し遂げていない、評価されていないなどと絶望感を抱くが、本作のデッドプールとウルヴァリンもそのような感情をあらわにしていた。まぁ、ウルヴァリンのキャラクターとしての年齢は中年ではなく超高齢だけれど見た目は中年ということで。
その2人が何かを成し遂げるために最後に命を張る姿は感動的だ。おそらく、40〜50代の観客はウルッとくるのでは?
そして、その感動をさらに高めてくれるのが幅広い年代から選ばれたヒット曲、名曲の数々だ。
ライアン・レイノルズやヒュー・ジャックマンの世代だと特に重要なのが少年時代から青年時代に相当する80年代から2000年代前半くらいの楽曲だろう。
80年代では、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースは本作同様タイムスリップものつながりで「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の“パワー・オブ・ラヴ”とさらにもう1曲、“いつも夢みて”が使われている。
また、クリス・デ・バー“ザ・レディ・イン・レッド”やエリック・カルメン“メイク・ミー・ルーズ・コントロール”といった選曲はリアルタイム世代ならではと言えるのでは。
そして、クライマックスに流れるマドンナ“ライク・ア・プレイヤー”は荘厳な使われ方で、思わず、“この曲って泣ける曲だったっけ?”と言いたくなるほどだった。
90年代ではグリーン・デイ“グッド・リダンス(タイム・オブ・ユア・ライフ)”やグー・グー・ドールズ“アイリス”など。
00年代ではアヴリル・ラヴィーン“アイム・ウィズ・ユー”も効果的に使われている。
そして、特筆すべきなのはオープニングにフルコーラスで流れるイン・シンク“バイ・バイ・バイ”だ。グロい戦闘シーンのBGMにこの曲を使い、しかも、合間にこの曲で踊るデップーの姿をインサートするなんて、なかなか思いつかない選曲だと思う。ちなみに、この曲は「X-MEN」シリーズ最初の映画が公開された2000年の大ヒット曲だ。
なので、中年の危機の描写とこの世代が聞いてきた音楽に共感できる人はそれなりの満足感を得られるのではないかと思う。
《追記》
ユキオ可愛い!でも、出番が少ない!
あと、デップーって日本車嫌いなんだね。