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どんべえメモリアル日記② 『どんべえ、我が家に来る 〜まさかの育犬ノイローゼ〜』
ペットショップの隅っこでガタガタ震えていたどんべえが、我が家に突然やってきた。
犬を飼育する上での注意事項をお店のスタッフから簡単に説明され、血統書や「ペットの母子手帳」などいくつかの書類や冊子を渡され契約書を取り交わすと、段ボールで作った簡易的なケージにどんべえを入れてもらい、家まで車で運ぶ。時々「くんくん」と不安そうな声が段ボールの中から聞こえるたびに、切ないような愛おしいような、なんとも言えない気持ちで心がぎゅっとなる。
なるべく車が揺れないよう、いつも以上に安全運転でようやく自宅に到着すると、すぐにどんべえを箱から出してやる。すると、体をくるっと丸めていきなりリビングの床にうんちをしてしまった。
よっぽど怖くて不安だったんだろうな。見知らぬ空間に連れてこられて、それでもペットショップの明るすぎるケージの中に比べると、幾分ホッとして気が緩んでくれたのかもしれない。とにかく、コロコロしたうんちをしながらやはり不安そうな目でこちらの様子を伺うどんべえの姿を見たその瞬間、「この子は俺たちが最後まで責任を持って育てなければ」と改めて強く思った。そう、その時は。
名前を「どんべえ」にしたのは、特にこれといった理由があったわけでなはい。街中で犬を見かけたり、テレビに犬が映ったりすると、ラブラドールレトリーバーなら「ゴン太」、柴犬なら「どんべえ」と2人で勝手に呼んでいたから、気づけばこの子も「どんべえ」になっていた。
その日の夜は、リビングにケージを設置してそこに毛布を敷き詰め寝かせることにした。我々は少し離れた寝室へ。そのころ読んでいた『犬の飼育法』的な本にはどれも、「子犬が夜泣きしたからといって、飛んで行ってあやしたりするとクセになるからダメ。『泣いても誰も来ない』と諦めさせるのが肝心です」などと書いてあったので、いくら悲しそうな声で泣いていても、心を鬼にして寝室から出ないようにしていた。
確かに、数日もすると泣かなくなったけど、あれは辛かったな。結局、成犬になってからはケージも取り払って家のなかを自由に歩き回るようにさせていたわけだし、我々のベッドで寝ていることもあったのだから、わざわざあんなことをする必要があったのかどうか? とその後も時々考えていた。
ただ、何が危険で何が安全かもわからない子犬のうちは、ケージに閉じ込めておいた方が安全だったのは確かだ。
例えば、乳歯が抜け始めて痒くなってくると、何でもかんでもがりがり噛むようになる。扇風機やテレビなどの電源ケーブルもお構いなしだから危険極まりない。一度、目を離した隙に扇風機の電源ケーブルを噛んでていきなり「ギャン!」と叫んだ時は、こちらの心臓が止まるかと思った。その時のどんべえは一瞬驚いていたが、その後は全くへっちゃらだったようで胸をなでおろしたのだが。
寝る時や留守番の時、幼犬をケージに入れておく必要があるもう一つの重要な理由は、「ところ構わずうんちをしてしまう」ということだ。
どんべえと暮らし初めて最初の難関は「うんちのしつけ」。これにはほとほと手を焼いた。
犬は猫と違って決まった場所に排便する習慣がない。なので、部屋で一緒に暮らすためには、決まった場所にあるトイレでうんちが出来るように躾けなければならない。
しつけの方法は至ってシンプルだ。子犬がうんちをもよおしはじめ、くるくると回り始めたらすぐにトイレシーツのところへ抱えて連れて行き、そこでうんちをさせる。うまくシーツの上に出来たら、オヤツなどを与えながらめちゃくちゃ褒めてやる。これを繰り返していると、「うんちはこのふかふかしたところ(トイレシーツ)ですると褒められるんだな」と子犬は学習するというわけだ。
「言うは易し行うは難し」とはまさにこのこと。当時の『ペットの母子手帳』に書き込んだ「排便の記録」を読み返してみると、ちゃんとどんべえがトイレシーツでうんちをしてくれるまで、どのくらい大変だったかを思い出す。
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まず、やつがうんちをもよおす兆しを見逃さないようにしなければならない。くるくる回り出すのに気付いても時すでに遅く、体を抱える前に床にしてしまうか、もしくは抱えて運んでいる途中でポロポロとしてしまうことなどしょっちゅう。しかも幼犬のうちは、1日に何度もうんちをするので終日目を光らせてなければならない。
ちょっと買い物に出かけるため、数十分でも留守番させようものなら、帰ってきたらケージの中もどんべえもうんちまみれでギャーギャー泣いていたことだってあった。
前回も書いたように、当時は仕事がほとんどなくて家にいることの方が多かったから、まだ良かったのかもしれない。この時期に毎日数時間も留守番させておいたら、それこそ部屋の中は地獄絵図となっていただろう。
しかしながら、妻(当時)が仕事で留守中、ずーっと家の中でどんべえの「うんちしつけ」をしていた俺は、次第に精神が病んできてしまった。どんべえの排便の兆しを見逃すまいと、半ばパラノイア気味に「監視」するようになり、粗相したうんちを片付けながら、「いったいこれがいつまで続くのか…」と途方に暮れる日々。
「こんなことなら、どんべえなんて連れてこなければよかった」という思いまで頭をよぎるように。後から聞いた話では、妻も当時「こんなことなら『連れてくる』なんて言わなきゃよかったのかな…」と思っていたらしい。完全に俺は、「育児ノイローゼ」ならぬ、「育犬ノイローゼ」になっていたのだ。
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