リーダーシップ研究と実務の比較:「個人の資質」にリーダーシップを矮小化しないために
最近、ちょっとリーダーシップ研究について調べて、「これ、実務にも重要だけど、結構見落としがちだな」というポイントがありました。
せっかくの研究知見が実務で活かされないのはもったいないので、「リーダーシップ研究の変遷」と「実務である状況」のギャップ、そして「両者のギャップを埋めるには」について、考えた点をまとめておきたいと思います。
1. リーダーシップ研究の変遷トレンド
まず、リーダーシップ研究についてですが、これまでのリーダーシップ研究は、大別すると以下のような流れで進展してきました。
①リーダーの持つ「特性・資質」に注目する研究
これは、リーダーとされる人が、そうでない人に比べ、どんな特性・資質(動機や意欲、知性、内/外向性、等)を持っているかに注目する方法で、1940年代頃まで多くなされていました。
②リーダーの「行動」に注目する研究
こちらは、例えば、リーダー行動関心を「生産業務 × 人材」の2軸で分析する「マネジアル・グリッド理論」や、「目標達成力 × 人間関係力」の2軸で分析する「PM理論」があり、1960年代頃に主流となっていました。
③リーダーとフォロワー・組織の関係に注目する研究
その後、70年代頃には、リーダーシップを組織環境と部下の状況から分析する「パス・ゴール理論」や、環境や状況に適したリーダーシップを分析する「コンティンジェンシー理論」、それ以降には、リーダーとフォロワーそれぞれの関係の濃淡に注目した「LMX (Leader-Member exchange) 理論」など、より広い視点からリーダーシップを議論するようになってきました。
また、近年では、「メソ・アプローチ」や、「変革型リーダーシップ」というキーワードでも、リーダーと組織・フォロワーとの関係に注目する研究が登場しています。
2. 実務状況とリーダーシップ研究のトレンドの比較
上記のようなトレンドに対して、実務はどんなものか。
例えば、実務の場でよく見聞きする、リーダー開発の運用方法は大まかに以下のようなものです。
・社内でリーダーシップのある人材から、インタビュー等を通じて、自社に必要なリーダー特性・資質の基準を設定する
・その基準にもとづいて自社社員を評価する(丁寧にやる場合には、自己評価と上司評価を組み合わせる場合も)
・その評価の高い人材を、リーダー候補として選抜・登用する
これは、個人の特性や資質に注目して、リーダーシップの議論がなされていることを意味します。
前述の通り、個人の「特性」にリーダーシップの源泉を求める考え方は、40年代以降、学術的には主流から外れていきました。
その大きな理由は、
「リーダーの特性が分かっても、皆にそれが備わっているわけじゃない。その特性が無い人はリーダーになれないの?」
というリーダーシップを“開発する”ための根本的な問いに答えられなかったからです。
それを乗り越えるため、リーダーシップ研究は、その後、行動アプローチや、リーダー・フォロワーの関係性への注目といった方向へ舵を切っています。
一方、実務の場ではいまだに、個人の「特性(資質)」に着目する方法が採られていることが多いのです。
ここにこそ、リーダーシップ開発に関する学術知見と実務のギャップがあるように思うのです。
個人の特性に注目してリーダーを選ぶ方法が採られた組織で何が起こるか。
僕の見聞きした範囲では、以下のような状況が発生しているように思います。
(状況を分かり易くするために少しデフォルメして記載します。)
・組織としては、ある基準(「特性」の有無)で「リーダー候補者」と「そうでない人」の線引きをするだけで、「リーダーを育てる」という前向きな議論は生まれない
・個人としては、「リーダー候補者」は、自己肯定感はありつつも、上司や同僚からのプレッシャーは上がる。一方、「そうでない人」は、組織から「アウト」宣告された状況となり、職場で両者がギスギスしたまま業務をすることに
・その結果、職場には活気が生まれず、メンバー同士が協力し合う機運も見えづらく、何となく、全体として疑心暗鬼な雰囲気が広がる…
要するに、リーダーシップについて、個人の「特性(資質)」に注目する運用では、組織にも、「リーダー候補者」にも、「そうでない人」にも、前向きな発想や行動が生まれず「誰も救われない」のです。
ここで見落とされているのは、「個人のリーダーシップを組織としてどう開発していくのか」という、人材育成の根本的な視点です。
(※もちろん、リーダーに必要な特性を伸ばす方法論もあるので、一概に全てを否定はできません。ただ、その場合にも、特定の資質を伸ばすことを目指すあまり、下記に述べるような多様なリーダーシップを開発する方向にはなりにくいのが現状と考えます)
3.多様なリーダーシップが発揮できる組織環境がカギ
リーダーシップの源泉を、個人の内在的な特性に求める考え方は、前向きな組織運営につながりにいと考えられます。
では、組織でリーダーシップ開発を考える時、どんな視点があれば良いか。
前述の通り、近年のリーダーシップ研究は、組織やメンバーとの関係性に注目するアプローチが主流となっており、ここから多様なリーダーシップの形態が提示されています。
具体的には、オーセンティック・リーダー、アダプティブ・リーダー、EQリーダー、シェアード・リーダーなど、近年、特に新しいリーダーシップ像が注目されています。
この知見を踏まえると、組織の目指すリーダーシップも、必ずしも一つの形態に絞る必要はないと考えられます。
つまり、重要なのは、「どんな特性の人が、リーダーシップを発揮できるのか?」という視点に代えて、
「多様な特性を持つ人々は、それぞれどんな状況ならばリーダーシップを発揮できるのか?」
「そこで発揮されるリーダーシップは、どんな形態のものか?」
という視点ではないでしょうか?
特定のリーダーシップ形態を目指して、それを体現できる特性の人材を選定するのではない。
多様なリーダーシップ形態を前提に、自社人材のそれぞれが、どんな状況で、どんなリーダーシップを発揮できるかに注目する。
組織に所属する人材のリーダーシップを”開発する”ことを考えるには、この視点の切換えが必要だと考えます。
特に、昨今では、組織のダイバーシティや、社員の越境が注目されています。
そんな中では、画一的に「型にはめる」人材育成よりも、多様な経験・能力を活かすことが重視されます。
リーダーシップ開発においても、多様な特性を持つ人材が心地よく能力を発揮できる環境を設計することが、これからのカギとなるのではないでしょうか。
この点、ぜひ人事や人材開発の現場で実務に関わるみなさんや、組織運営に携わるご意見もうかがってみたいなと思います。
本日も、ここまでお読みいただきありがとうございますm(_ _)m
【参考文献】
柏木 仁(2008)「リーダーシップ論からリーダーシップ開発論へ-相互作用とリーダーへの成長の視点に基づくリーダーシップ理論の再考-」『亜細亜大学経営論集』第44巻第1号
竹内 規彦・竹内 倫和(2009) 「リーダーシップ研究におけるメソ・アプローチ:レビュー及び統合」『組織科学』Vol.43 No.2:38-50
中村 久人(2010)「リーダーシップ論の展開とリーダーシップ開発論」『経営力創成研究』第6号,57-71
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