見出し画像

石井の頭の中の「革新的」な目的地

割引あり

前書き

先日,全柔連に新しく設置された革新的パスウェイ特別委員会の第一回の会議が行われた.僕にとって初の委員長であり,委員長としての初仕事である.現在(記載時点),強化委員会,総務委員会,指導者養成委員会,ブランディング戦略推進特別委員会(2023年末で発展的解消)などの委員なので,「もうできないよ」と思ってたが,すべての委員を石井が決められるという条件を聞いて引き受けた.なので,選任された委員の皆さんは,このようなチャンスが来るまで僕の中で温存していた最終兵器*である.これで失敗したら,たぶん柔道界だけでなく,スポーツ界や体育業界の未来も暗いと思う(くらいの気持ちでいる).で,第一回の会議だが,僕の考えていることを伝えたいと最初からアクセル全開で踏み込んでいったら,準備が不十分でエンストしてしまった.一旦落ち着いて,僕のロジックを整理したいと思う.かなり長くなるので,気張らずにお酒とつまみも一緒に読んでいただきたい.最初に僕の思考法の癖も補足として記録しておく.

*革新的パスウェイ特別委員会の委員

僕は情報を広く共有することを好むので,委員の皆さんの公開情報を先にまとめておく.詳しく知りたい方は以下の名前をクリック.
山田永子(副委員長)
小山勝弘(副委員長)
影山雅永,(ウィキ
森丘保典
窪康之
外部アドバイザーは公開していないので記載しない.

僕の思考法

僕の批判的思考や論理的思考は,実際の現場支援や研究活動を通じて鍛えられた.特にナショナルチームの支援に関わる経験が,僕の思考プロセスに大きな影響を与えた.「世界一であり続ける」という難題に,コーチとの対話や現場支援に汗をかくこと(実践的な経験)を通じて,深い洞察を得た.科学研究部での活動は,科学的知見と相まって,僕の汗の匂いのする思考や分析能力のパターンを形成してきた.
具体的には,東ドイツで用いられていたトレーニングステアリングとコントロールのモデルを分析(咀嚼)して,それを基に自分なりのトレーニングコンセプトとプランの設計(方法)の基盤を築いた.しかしながら,僕がやることはなかなか理解されないので「何でこんなことするんですか?」とか「何でこんなことしなければならないんですか?」と言われることが多い.そこで,僕の思考プロセスをメタファーやアナロジーを用いて記録する.
僕が最初に行うのは,目的地を定めるための地図を探す作業である.地図がなければ目的地を決定することも難しく,簡単に遭難してしまう.誰もゲームオーバーがわかっていて旅に出ない.難しい問題ほど,完璧な地図を見つけることはできない.そのため,地図の断片を集め,全体像を把握することから始める.地図の断片が集まり,全体像が見えてくると,目指すべき方向を定める.もちろん,断片だけでは,補えていない部分やボロボロで汚れて見えにくい部分もあり,完全な地図ではない.それでも,最適な目的地を定める.
このアプローチは,ナショナルチームの支援においても同じである.特定の時点,たとえばパリオリンピック当日に,最高のパフォーマンスを発揮できる(世界一になれる可能性が最も高い)パフォーマンス構造を予測して,それに基づいて計画を立てる.過去の成功例は参考になるが,ルール改正や環境の変化を考慮すると,地図上の地形や天候が変わるだけでなく,目的地も変わっている.完璧な地図は存在せず,誰も「目的地はここだ」と教えてはくれない.そこで,定性的な情報と定量的なデータ(過去に収集した一次情報を含む)を持って,抽象のはしごを登ったり降りたりしながら,地図の解像度を上げて最適な経路を決める.そして,頭の中で仮想(妄想)の旅に出て,目的地への到達可能性を探る.このプロセスの最初の数十回は,海の情報が足りずに船を損傷させてしまい沈没することもあれば,山で恐竜に襲われて喰われてしまうこともある.失敗したら,それぞれの失敗から必要な情報を収集し,タイムリープ*して再挑戦する.失敗が具体的になってくるので,同様の事例がなかったかを確認したり,できれば過去に挑戦して成功した人はいないかなど,経験的な情報も収集する.この繰り返しの中で,限られた期間内に最も成功確率の高い経路が定まってくる.経路が決まれば,チーム(もしくは個人)の弱点を補う仲間や装備を選び,状況の変化に対応できる柔軟な戦略を立てる.最初から柔軟なものはできないが,到達可能性の確率が高い経路が順に,プランA,プランB,プランCのような形で複数設定され,最終的にはこの複数のプランが重なって融合したようなプランができることが多い.パフォーマンス構造の中の戦術においても同様の方法が用いられる.この方法論は,目的地までのストーリー(経路)を描き,途中で遭遇する障壁を明らかにするのに役立つ.「このストーリーでは,複数の課題(障壁)があるが,それらを達成できれば,目的地にたどり着ける」というイメージ(ビジョン)を描くことができる.
この思考プロセスは,僕の日常に根付いており(癖になっているようで),「柔道離れを解決する」という問題においても,同様に活用される.普及,発掘,育成,強化を分離せず,全体性を持って思考し,取り組んでいくことは僕たちにとって絶え間ない挑戦である.
ということで,年末年始なんか関係なく,4時間半睡眠の2830日連勤と僕に休みがくることはない.

*タイムリープの思考法は,以前紹介したアーネスト・ダンロップ・スウィントンの「愚者の渡しの防御」で学んだ.インテリジェンス活動をしている方にお勧めする.

長期育成指針に明確な目的地を書いていない理由

全柔連のグランドデザインに位置付けられた長期育成指針は,その名が示す通り,方向を指し示すコンパス🧭の役割を果たしている.この指針の主な目標は,端的にいうと「柔道離れ」を解決することである.ただし,この指針では具体的な目的地は明示していない.それは,複雑系の中で目的地を詳細に記載すると,内容が哲学的かつ複雑になるためである.この指針は,著書,論文,記事(記録)などの情報から成り立っていて,これらの情報源は軽く10,000を超える(「僕の思考法」でいう地図の断片).その中から,最も正確度が高く,かつ整理された1500程度の情報を用いて,地図を作成した.したがって,僕には具体的な目的地が見えているが(もちろん完璧ではない),これを正確に伝えるためには,90分の講義を最低30コマくらいやる必要がある.現状,このプロセスをすっ飛ばして進めているため,僕の価値観を押し付けているように見えるかもしれないが,様々な情報を分析した結果なので,地図とコンパスは個人の価値観で作られたものではない.ダニエル・カーネマンが「ファスト&スロー」で述べているように,速い思考のシステム1(直感思考)は,多種多様なバイアスとエラーを含むため,判断と選択に影響を与える.この人間の傾向を理解すると,なぜ僕が地図集めにこだわっているのか,なぜ単一の視点(または一つの事象を語る人)に批判的であるのかが理解できるだろう.ここで,僕が伝えたいのは,長期育成指針は石井や小山先生の価値観の押し付けではなく,広範かつ膨大な情報の分析結果ということである.この指針(コンパス)を批判する場合は,個人の価値観ではなく,前提や推論に影響を与える具体的な情報を提示する必要がある.僕たちは現時点でそれが正しければ(尤もらしければ),それを受け入れる準備ができている(なお自分の生き方・価値観を大切にすること自体は何ら問題ない.重ねてになるが価値観を押し付けているわけではないという点を強調しておく).
ここに記載していることと同様に,革新的パスウェイ特別委員会の第一回会議の冒頭で,僕はデカルトを引用し委員会のルールとして以下を提示した.

人びとがわたしの著作を検討してくれればとてもありがたいし,またそうする機会をなるべく多くするために,何か反論のあるかたは皆,それをわたしの出版者に送る労をとられるようお願いしておく.出版者から知らせを受けたら,その反論にわたしの答弁を同時に添えるように努めよう.こうしたやり方で読者は両方をいっしょに読んで,真理をそれだけ判断しやすくなるだろう.というのもわたしは,長い答弁をすることはけっして約束しないが,もし自分の過ちを認識できれば,きわめて率直にそれを承認し,またもし過ちを認めることができないならば,書いたことがらの弁護に必要だと思うことだけを述べる,と約束する.その際,一つの問題から別の問題へと際限なく深入りすることのないよう,いっさい新しい問題の説明は付け加えない.

デカルト; 谷川 多佳子. 方法序説 (岩波文庫) (p.76)

地図が詳細で解像度が高ければ高いほど,コンパスは効果的に機能する.しかし,地図を詳細に説明すると,その量は少なくとも本1冊分に相当し,内容も複雑になりがちである.その結果,多くの人が読むことを躊躇するかもしれない.いや,多分読まない.そこで,長期育成指針では,地図の細かい部分を省略し,大まかな方向性,旅の途中で遭遇する可能性の高い課題,そしてそれらの対処法を中心に記載している.それでもなお「文字が多すぎる」や「理解することが難しい」という意見がある.これらの意見を真摯に受け止めつつ,実はこの問題(「学ぶことを学ぶ」ができないこと)こそがこの業界の解決しなければならないことと認識している.そして,これが具体的な目的地を明示していない理由の一つでもある.地図を理解できない,あるいは読まない人々に,具体的な目的地を伝えることは難しい.結局,過去の失敗を繰り返す(遭難する)可能性が高くなるからである.
ということで,柔道離れに危機感を感じている熱心な方々に,できる限り丁寧に説明を行なっている(皇學館大学,埼玉県小学生女子柔道交流親善大会,群馬県柔道連盟,石川県柔道連盟,茨城県柔道連盟,日本武道学会柔道専門分科会,全柔連メディア説明会など|実施済みと予定も含まれる.今後もこのような活動を継続していく).また,これまでに「まいんど(全柔連発刊)」で二回解説記事を書いた(最低あと二回書く予定).これは,地図の説明にあたるものなので,読んでいない方はぜひ読んでほしい.

長期育成指針+普及コンセプト+まいんど記事

読んでいない方,理解を深めたい方は以下をクリック.
普及コンセプト
まいんどvol.37|長期育成指針解説記事第一回
まいんどvol.38|長期育成指針解説記事第二回

革新的パスウェイの委員は僕の短所を補うことができる

革新的パスウェイ特別委員会の最初に僕がやりたかったことは,全柔連の現在地と僕が設定した具体的な目的地(理想郷)を明確にし,そこから批判的な意見を受け入れることで,目的地とその経路の正確性を高めることだった.先にも述べたように,地図の解像度が高ければ,目的地やそこへの経路が明確になる.このことは,全柔連のアクションプランの優先順位を決める際にも重要である.目的地の設定が正確でなければ,どんな対策を講じても問題は解決されない.僕たちは,限られた時間の中で非常に困難な旅をして目的地に到着しなければならない.そのためには,「革新的」な戦略と実行が求められる.ここでいう「革新的」とは,(僕たちの共通認識として)「偶発性の最小化」を意味している.これは,偶然の結果(またその重なり)ではなく,意図した根拠のある結果を目指すことである.「革新的」が理解しにくい場合は「偶然ではない」と考えていただいても差し支えない.ただし,人は偶然の結果を意図的な結果と誤解することが多いため,注意が必要である.
革新的パスウェイ特別委員会のメンバーは,長期育成指針の背景(地図)や方向性(コンパス)を深く理解している.そのため,基本的な説明を省略することができる.目的地への到達して成果が出るまでには20〜30年かかるかもしれないが,今,連盟として何をすべきか,何ができるのかを地図とコンパスを使って考えることができる.委員会では,柔道に関わるすべての人にとっての「革新的」なパスウェイが何かを探求している(スポーツや武道の垣根をなくして,対象を国民まで拡張していく).柔道界という船はすでに遭難の兆しもあるので,様々な視点で思考(対話)して,目的地と経路を定めることが重要である.

前提,推論,結論を明確にする

長期育成指針に記載されている主要な課題を明確にし,整理する

まず,分析をする際に,事実を結論に置く.結論は,日本の人口で補正しても,柔道人口が減っているという事実である.つまり,柔道離れが起きているという結論に対して,どのような前提があるのかが原因を探ることに繋がる.それでは,長期育成指針に記載した主要な課題(前提)を確認したい.
柔道を取り巻く課題から

日本の総人口が減少局面にある中で,国力を維持,あるいは増大させるためには,限られた人的資源から多様な分野で活躍できる優秀な青少年を育成し,社会に送り出すことが不可欠である.これは,日本のスポーツ界においても存在する課題である.しかし,オリンピックなどの国際大会で金メダル獲得を目指すハイパフォーマンススポーツで学んだスキルを社会に応用し,貢献することが十分に行われていないという問題が見受けられる
特に柔道においては,日常の稽古を通じて精神と身体を磨き,それをバランス良く活用することが重要である.さらに,柔道人口の減少に対応するためには,従来の競技人口に依存した「伝統的パスウェイ」に頼るのではなく,限られたタレントプールから適切なタレントを識別し,その発達段階に合わせて効果的に育成する「革新的パスウェイ」の確立が求められる.こうしたアプローチにより,偶発的な要素を最小化することが必要になる.また,多様な目的に適応する指導内容と方法の開発,そしてこれらを様々な地域で実践できるようにする施策の実施も重要である.

長期育成指針|少し修正して

ここには,極めて重要な二つの課題が記載されている.第一に,長期育成指針では「ハイパフォーマンススポーツ」としているが,問題はハイパフォーマンスに限らず,パフォーマンススポーツで学んだスキルを社会に応用し,貢献することが十分に行われていないことである.もし,柔道家が社会に広く貢献していれば,国民は柔道の価値をより実感していたと考えられる.これは,海外における柔道家への敬意と国内における敬意の違いからも明らかだろう.(海外経験のある柔道家は,感覚的に理解できると思う)
第二の課題は,限られたタレントプールから適切なタレントを識別し,発達段階に合わせて効果的に育成することである.これまでの柔道(パフォーマンス)では「勝ち負け」という単一の基準(講習では「画一的な物差し」と言っている)で評価が行われてきたため(選抜システム),この基準に適合しない人々は柔道から離れていった.勝敗以外の基準でみれば,非常に優秀な青少年が多数いたはずであるが,彼らは見過ごされてきた.適切に識別をしていれば,柔道(修行)を継続しながら,彼らの能力をさらに育てられたはずである.さらに,発達段階に合わせた効果的な育成や意欲への配慮も不足していた.この問題は,海外における「スポーツ離れ」とも重なり,共通の問題としてさらに検討する必要がある.共通の問題を以下に書き出す.

海外の「スポーツ離れ」と共通する問題を書き出す.

  • 発育期の競技者はトレーニングが不十分である一方競技会が多すぎる.

  • 大人の競技者のトレーニングプログラムがそのまま発育期の競技者に適用されている.

  • 男性競技者のトレーニングプログラムがそのまま女性競技者に適用されている.→「女性アスリートの三主徴」なども理解されていない.

  • 短期間で結果を求め,発育過程を配慮しないトレーニング計画が組まれている.

  • トレーニング/競技会計画を立案するとき,発育(生物学的)年齢ではなく暦年齢が基準になっている.

  • 多くのコーチはトレーニングを行うのに至適な年齢域があることを無視しがちである.

  • 基礎的運動スキル,スポーツスキルが正しく教えられていない.

  • 若い競技者の育成にはボランティアコーチがあたる傾向にある.
    若い競技者育成には優秀で豊かな人材が求められるが,最も見識の高いコーチはエリートレベルを担当する傾向にある.

  • 両親への長期育成計画についての教育がなされていない.

  • 障害者スポーツにおいても,発育期のトレーニングに関わる課題が十分に理解されていない.

  • 多くのスポーツにおいて競技会システムが競技者の発育の妨げになっている.

  • 適正なタレント識別システムがない.

  • 学校体育,地域レクリエーションプログラム,地域クラブ,エリート競技会プログラムの相互連携がない.

  • 生涯にわたってスポーツを楽しみ継続して行ううえで,スポーツの専門化が早すぎる傾向にある.

  • パフォーマンススポーツから参加型スポーツへの移行ができていない(環境,指導者,支援の仕組みなどが少ない).

これらの問題は,長期育成指針の中でも明示している.ここに記載されている問題の多くは,トレーニングの原理・原則や科学的根拠に基づく知識があり,それを実践(応用)できていれば起こらなかった問題ばかりである.それでは,なぜこれらの問題が起きたのだろうか?

推論を明確にするために,忖度をせず前提を明確にする

ここから先は

12,106字 / 10画像

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?