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沈思酒考-03「Grand Cru」

沈思酒考 〜それはビールを飲みながら、溶け出す輪郭なき駄考の戯れ〜

大雪に閉じ込められている。隣家との境の生け垣が水分を多く含んだ雪の重みで45度に傾き、今にも倒れそうである。鳥さえもやってこない狭小な庭の雪はまだ純白のままだ。

過日、とある神社の、建て替えられるという社務所で即興演劇を観てきた。部屋を暖めているストーブの一つに大鍋が乗せてあり、甘酒が温められている。その脇には、福豆、福おこわも置いてある。長押(なげし)の上にはこの社務所の歴史を彩る写真だったり、賞状だったりが飾られている。長押から紅白幕が下げられ、社務所がめでたい空間に様変わりしている。

紅白といえば、歌合戦か。歌で二組が戦うという構造がどうにも理解できないのだが、紅組と白組に分かれて戦うというのは、源平の合戦に由来するのだという。源氏が白旗、平氏が紅旗を掲げて戦ったのだ。だから歌であろうとも合戦は紅白に分かれると。

紅白幕になると、戦うというよりはおめでたい印象がある。なぜ赤と白の組み合わせがめでたいのだろう。紅白饅頭だって、紅白の蒲鉾だってめでたいときの食べ物だ。紅白がめでたいことには諸説あるらしく、よく分からない。

ワインにも赤と白がある。ビールには?

エールスミスのベルジャンストロングエール「GrandCru グランクリュ」は、赤ワインに相当するとエールスミスのオーナー、ピーター・ザイアン氏は言っている(*1)。同じハイアルコールシリーズの「ホーニー・デビル」を白ワインに見立てたとき、このグランクリュは赤ワインだというのだ。グランクリュと聞けば、多くの人がワインを想起するだろうから、もともとそういう狙いなのかもしない。

そのグランクリュを冷蔵庫から取り出し、ワイングラスに注ぐ。温度は8度。2013年8月2日にボトリングされたものだ。

ダークモルトを使っているからなのか、きれいな褐色。正規輸入代理店のサイトでは濃栗色と表現されている。濃い栗の色かぁ。確かにそうだな。雪にかざすと、その色味の中にきれいな赤が潜んでいるように見える。あまい香り。熟した果実になぞらえられるそうだが、私の日常的な食において熟したく果実を口にすることはそう多くない。なので自分の経験の中からそういったニュアンスを引き出してくることは難しい。15度ほどに温度が上がると、丸みの外側に酸味が存在していることが徐々に分かってくる。ある一定の温度までは渾然一体となっていたものが、温度が上がることで個々のエレメントにほぐれていく感じ。その香りの中に強いアルコールの予感がある。

「天国に酒はない! 生きているうちに飲め!」

トラピストビールを醸す修道院の言葉だそうだ。めでたい話じゃないか(笑)。

香りもぐんと豊かさを増してきた。ダークモルトのニュアンスがどこかモルトウィスキーに通ずるような気がする。もっと酸味が強ければ、ダークシェリーのようにも感じたかもしれない。と、考えると、このグランクリュをカクテルに使うというのどうだろうかとほどよく(?)酔いの回ってきた脳みそが迷走する。

たとえばバンブー。本来ならばベルモットとシェリーでつくるカクテルだが(私の好みはダークシェリーを使うもの)、そこにグランクリュをあてがってみるとどうだろうか。

さらに温度が上がると、発酵食品のイメージをかすかに感じ取ることができる。酵母のニュアンスなのだろうか。

ここで一杯目がつきて、ボトルバストあたりの二杯目へ。温度は振り出しに戻って、旨い。冷たいときもきちんと酸味があることが分かった。一杯目はカーボネーションの元気さに酸味が隠れていたのかもしれない。

赤といえば、赤備えというのもあった。池波正太郎『真田太平記』が描く真田幸村の赤備えには、心揺さぶられるものがある。赤の装束に身を固めて敵と戦う。それは敵味方を区別する、いわば、ユニフォームのようなものであったかもしれないが、はっきりと目立つ赤を選ぶというのは逃げも隠れもしない勇気の印なのだ。

エールスミスも、特急畑を名乗るところなど、なかなか勇気があるではないか。

ボトルの下腹あたりの三杯目になると変化がほしくなる。そこでプルーンをつまみに一粒。もともとつくり手がグランクリュは、プルーンやプラムのようなキャラクターをもっているというので、合う合わないではなく、どのように合うのかが楽しみで囓ってみた。

脂っぽさをきっちり切ってくれるアルコール(特に酸の部分)の旨さもあるが、グランクリュとプラムは親和性のすばらしさで満足感を醸し出す。びっくりするほどの相性の良さだ。口中で一体となってしまうような、渾然一体となった旨さに驚く。

今度はクリームチーズを頬張ってみた。スーパーで買えるようなお手頃なチーズなのだけれど、これも相性としてはすばらしい。これは渾然一体となるというよりは、チーズのうまみが、全体としてコクにつながるような印象だ。

何かと合わせ始めると、香りのすばらしさよりも、口中でのハーモニーのすばらしさに印象が変わっていく。これは食中酒としてすばらしいパフォーマンスをもっているということではないか。いろいろ楽しい推測をしてみたくなる。

さらに調子に乗って、敢えてじゃこと合わせてみた。これはおすすめしない(笑)。赤ワインに目刺しを合わせるのが好き(田崎真也氏に教わった)なので、グランクリュとチリメンはどうかなとおもったのだが、海の香りがぐっと立ち上がってきて生臭さにつながり、相乗効果は生まれない。

もう一つ。出来合いのチャーシューをつまみにしてみた。これはいい。不思議なことにこの場合は、グランクリュがチャーシューに寄り添うような感じだ。チャーシューの味を引き立てるように、少し控えめなポジションを取る。いやぁ、これは中華との相性が期待できる。

最後に下世話なチョコ。これもけっこういい。ふわぁっとカフェイン感が立ち上る。甘めの料理、デザートとの可能性も感じさせる。

さて、このビールは赤だったのだろうか。

紅組であろうと白組であろうと、いい歌が人の心を打つように、まぁ、どちらでもよいことである。

いつの間にか750mlの大瓶を空けてしまっていた。ワインを一本飲んだにほぼ等しい。外はますます雪深くなってきた。

¡Hasta la Vista!

*1
エールスミス正規輸入代理店(株)ジュート ピーター・ザイアン氏インタビュー

*本コラムは日本ビアジャーナリスト協会公式サイトに掲載した原稿を加筆訂正したものです。

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