長い時間をかけてじわりと効いてくる、私の好きな本を紹介します
私は本を読むことが好きだ。
特に前職を退職して時間に比較的余裕ができるようになってからは、月に4〜5冊は読んでいる。
自分自身、幼い頃から童話、小説、詩、短歌、歌詞、エッセイなど、文章を書くことが趣味で、今でもずっと続けている。
長めの文章を書いていると、普段の生活の中でも執筆のアイデアを探したり、一度書いた文章の細かな言い回しに思い悩んだりと、なかなか自分の世界から離れることができなくなってしまう。
そんな時に第三者の綴る文章に触れると、自分の世界に没入して凝り固まっていた頭がふっとほどけて、みずみずしい風が吹き抜けていくのを感じることができる。
それにも関わらず、人から「おすすめの本ってありますか?」と聞かれた時に、答えに窮してしまうのは何故だろう。
著者やジャンルを問わず色々な本を読んでいるので、頭の中の膨大なデータベースにアクセスするのに時間がかかるのと、聞いてきた人との関係性や求められている解答を考えてしまうのが、数秒固まってしまう原因かもしれない。
ということで、この機会に、自分の頭の整理と、私におすすめの本を聞いてくださったものの芳しい回答が得られなかった方々への贖罪を兼ねて、私のおすすめの本を紹介したいと思う。
私は、成功の秘訣や人生の指針を端的に言い切るような本ではなく、長い時間をかけて発酵する糠漬けのように、じわりと心に効いてくる本が好きなので、そういった本が好きな方は是非読んでみてほしい。
寝ながら学べる構造主義(内田 樹)
高校生の時に出会ったこの本は、私が哲学や言語学に興味を抱くきっかけとなったのだが、何度読み返してもその度に新たな気づきを与えてくれる。構造主義と聞くと、なんだか難解そうでとっつきにくいと思っていたが、全くそんなことはない。思想家たちの、難解で分厚い哲学書に書かれているようなことを、平易な言葉でわかりやすく紐解いてくれている。「私たちは、本当に自分自身の意志により物事を見て、決定を下しているのだろうか。」この根源的な問いに思いを馳せた時、周りの世界が少し違って見えたことを覚えている。書かれていることの全てに納得ができたわけではまだないが、長い時間をかけて、自分なりの答え合わせができたらと思う。
潜水服は蝶の夢を見る(ジャン=ドミニック・ボービー)
難病により身体的自由を奪われた著者が、唯一動かせる左目の瞬きにより「執筆」した本。過去の思い出や家族への気持ちなど、様々なエピソードがユーモアの溢れる美しい文章によって綴られており、読み進めていくと、著者の魂が体を突き破り、蝶のように過去と未来、そして世界中を飛び回っている様を鮮明に思い描くことができる。そして、声を発することはできなくても、言葉によって他者と繋がることができ、更に翻訳を経て世界中の多くの人に言葉を届けることができる。この本がフランス語から日本語に翻訳されたからこそ、私も著者に出会うことができたのだ、と、言葉の持つ力を改めて実感し、感動した。
母性(湊 かなえ)
映画化されたことで話題となっている小説。母と娘、それぞれが求める愛情の形が異なると、ここまで歪にすれ違ってしまうのだと、読んでいてぞっとした。この小説では、母と娘の名前が最後の方まで伏せられ、抽象的に書かれている。湊かなえさんはこのことについてどこかのインタビューで、女性は「○○さんの奥さん」「○○さんのお母さん」といった役割や関係性を表す名前で呼ばれることが多く、いつの間にか本来の名前を失ってしまう女性たちの姿を表現したかった、といったことを仰っていた。この本を読んで改めて感じるのは、全ての女性が生まれた時から母性を持っている訳ではなく、周りからの優しく暴力的な母性信仰に追い詰められ、「女性なら子供を産むのが当たり前」「母親は子供のために全てを犠牲にすべき」と自分を納得させている女性もいるのではないか、ということ。結局、その末に生まれた子供を愛せないのだとしたら、本人にとっても子供にとってもこんなに不幸なことはないと思う。
水中の哲学者たち(永井 玲衣)
最近読んだ本の中で、一番印象的だった本。著者は学校などで哲学対話という取り組みを幅広く行われており、私と歳も近く同じ大学出身なので、恐縮ながら何処か親近感をいだいていた。著者の視点を通じて見ると、何気なく過ごす日常の中でも、哲学の芽は色々な場所に生えている。そして、子供のような率直さで、世界の疑問に対して「なぜだろう?」と問いかけ探求する、その姿勢がとても眩しく映った。私もゆらゆらと水中を漂いながら、「なんでだろうねー」「難しいねー」と著者と言葉を交わしているような錯覚に陥った。
あとかた(千早 茜)
昏く美しい恋の物語。私の撮りたい写真の根底に流れているものと同じようなものの匂いを感じ、最初の数ページで一気に引き込まれた。ちょうど結婚直前に読んだこともあって、読後暫くは胸のつかえのような感覚が離れなかった。
ユーチューバーが消滅する未来(岡田 斗司夫)
まず、この本が2018年に書かれたものであるという事実に驚愕する。Youtubeは恐らく数年前にブームが去り、少しずつ斜陽の道を辿っていると思うが、その原因や今起こっていることをぴたりと言い当てているような描写もあり、著者の観察眼と膨大な知識量に感服した。また、そこそこ食える中間層は不要になる、といったような記載もあり、写真で副業をすることを考え始めていた自分としてはどきりとした。
アルジャーノンに花束を(ダニエル・キイス)
言わずと知れた名作。「神様、何もかもお取り上げにならないでください」この一文は、読むたびに涙してしまう。知能ではなく、知性とは何かについて考えさせられる。
斜陽(太宰 治)
静かに没落していく、最後の貴族たちの物語。主人公、母親、弟、そして弟が尊敬し主人公が想いを寄せる小説家は、それぞれが異なった滅び方をしていく(主人公の辿る道を破滅と呼ぶかどうかは難しいが)。主人公が起こす革命は、政治的イデオロギーに基づかない、超個人的な内なる革命だ。主人公が「戦闘、開始。」と心に決めた力強い横顔が、見たこともないのに、色鮮やかに私の瞼の裏に残っている。
本当はもっともっと紹介したい本があったのだが、キリがなくなりそうなのでここで止めさせていただく。
大袈裟ではなく、本は間違いなく人生を豊かにしてくれるので、皆様も今週末は本を一冊手にとってみてはいかがでしょうか?