『Nice Painting ! vol.3』 セルフライナーノーツ
*この記事はbandcampから4月7日(金)配信リリースのアルバム
『Nice Painting ! vol.3』の紹介です。
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*'00年代の記憶 デモテープとデモ
発端は、2005〜2008年に録音されたデモ音源が大量に発掘されたところから始まった。リアルタイムに生きてきた大人にとっては近過去の感覚、さりとて記憶は曖昧。
'00年代がどんな時代だったか、デジタルについて調べてみた。
2001年10月〜iPod第一世代発売
2004年2月〜mixiサービス開始
2005年〜 YouTube開始
2006年7月〜Twitterサービス開始(2008年4月、日本語版開始)
2007年1月〜初代iPhone発売
2008年10月〜Spotifyサービス開始(日本上陸は2019年9月)
2015年6月〜Apple Musicサービス開始
なるへそ(死語)。だんだん思い出してきた。今とは全然違う時代だった。僕がツイッターに登録したのが2009年、それでも結構早い方だった印象がある。iPhoneは2014年まで持っていなかった。PCはいつも新し目なので、携帯は.時代遅れの機種で粘る(不便を楽しむ)主義。
ざっくりまとめると、2005〜8年は、
・多くの人がmixiに熱中していて(自分はそうでもなかった)
・まだiPhoneを持っている人はほとんどいなくて、
・サブスクもなく、音楽はCDかiPodなど携帯プレイヤー(またはMD)で
そんな時代だった。
「可処分時間」なんていう言葉は聞いたことなかったし、映画を倍速試聴する人も殆ど居なかったんじゃないかな。現在に較べれば、まだまだ生活はのんびりしていたように思う。今みたいにデジタルとネットが生活に深く浸透する前の、最後の時代だったかもしれない。この先、人類が携帯を手放して生活する未来が来るとしたら、端末を人体に埋め込んで一体化した時か…
’00年代初頭、自分のスタジオを持っているミュージシャンは、少しずつ宅録的アプローチを始めていた。自分もそうだった。そして、それまでテープやMDに録っていたデモ音源を、ハードディスクにファイルで残すようになっていった。「デモテープ」が消滅して、「デモ」になった時期。やがて、家で録った音源が、そのままCDとして発売できるクオリティになっていく。
『Nice Painting !』シリーズは、宅録系SSWの高野寛のデモテープ = 正式に発表する前の“下書き”の中から、出来の良いものを年代別にセレクトしてコンパイルしたアルバム。1980年代末・学生時代のカセット録音の「vol.0」に始まって、90年代の「vol.1」、ゼロ年代の「vol.2」がbandcampからリリースされている(*番外編としてコロナ禍に制作した「2021」も)。
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*書くこと・描くこと
僕は時々絵も描くし写真も撮る(今回のアートワークも自分で描いた)。文を書くのも嫌いじゃない。まだ「宅録」という単語がなかった80年代半ばに一人で録音して作品を創り初めたのは、「絵や文章は一人で作れるんだから、音楽を一人で作ってもいいんじゃない?」という気分があったから。ちなみに「Nice Painting」は慣用句で「よくできました」という意味があるらしい。絵画で言えばデッサンや習作のように、ラフに創ったデモ音源のコンピレーションのタイトルとして、ぴったりだと思ってる。
文も絵も、一人での創作には推敲が欠かせない。
大江健三郎さんは、推敲を「自己批評」と表現したそう。書き手としての主観から一度離れて読み手として自分の作品に向き合い直し、そこから手を加えていく、と。
ピカソは元々風景画だった絵を90°傾けて、最終的に女性の絵を書き足したりしていたことがX線撮影でわかった。
宅録でも一日で作品が完成することは、ほぼない(弾き語りを除く)。最低でも一晩寝かせて、次の日、寝起きで鏡を観るようにまっさらな気持ちで聴き返す。そこで感じた違和感をもとに削ったり足したりして、何日もかけて仕上げていく。
かつてテープに録音していた20世紀は、一度録ったものを直すにはもう一度録り直すしかなかった。21世紀、PCで録音するようになって、時間と場所の制約から開放された。毎日少しずつ変えてみたり、録り終えた後ですら曲の構成を大胆に入れ替えることができるようになった。原稿を書く道具が紙からワープロになったのと同じ革命が、音の世界にもたらされた(一方で、どの時点が完成なのか、見極めが難しい無限地獄にも陥りやすくなった)。
「Nice Painting ! vol.3」は、先日ハードディスクの中から発掘された2005〜2008年の楽曲集。15年以上の歳月を経て聴いた書きかけの音源を聴いてみたら、いろいろ発見があった。最終バージョンとは違う味や解釈があったり、アレンジは固まっていても歌詞やメロディが最終稿になる前のもの、あるいは歌やドラム、キーボードなどがプレイヤーの生演奏に差し替えられる前の、最終形に限りなく近いもの....さまざまだ。この時期から自宅録音のデモにゲストミュージシャンの演奏を加える形で音を作っていくことが多くなって、デモと最終形の境目が曖昧になっていった。
最新技術を使って、古い映像を高画質に変換したものをよく目にする。「デジタル・リマスター」ってやつだ。今回の音源、もとのファイルは全て圧縮音源(mp3)で、音質は決して良くはなかった。だから配信前のマスタリングを丁寧にやってみた。すると、何ということでしょう!まるで今日録った音みたいに、古い音源がピカピカに輝き始めたのです。
3月はずっとナタリーワイズの19年ぶりのニューアルバムの仕上げをやっていたので、そこでかなり耳が鍛えられて良かったのかもしれない。来月5月にbandcamp配信とCDから発売予定なので、お楽しみに。
*客観と主観の狭間で
話はぐっとさかのぼり、デビューした頃、つまり昭和〜平成=1980年代末〜90年代は、宅録作品がメジャーレーベルからそのまま発売されることはめったになかった。宅録で使える機材はカセットや民生機のオープンリールデッキ(8〜16トラック)しかなく、スタジオ録音と宅録のクオリティは雲泥の差があった。発売にあたってスタジオで録り直すのが常識だった。一人きりの宅録と違って、スタジオではプロが集まって共同作業で作品を作る。そこで先輩から技術を吸収できたのは、今振り返ると得難い貴重な経験だった。LINEでやり取りすると何時間もかかる内容が、会って話せばすぐ解決できるのと似ている。現場で同じ時間を過ごすだけで、ネット経由とは比べ物にならないくらい、人はたくさんの情報をやりとりできる。
さて、当時若者だったタカノ青年も、自己批評は苦手だった。特に歌い始めると客観性がなくなって、どんな歌い方が正解なのかわからなくなってしまいがちだった。音程が合っているかどうかに囚われすぎて、ニュアンスが平坦になってしまいがちだったから、冷静に判断してくれるプロデューサーが必要だった。プロデューサーのいるスタジオでは心置きなく想いを歌や演奏に込めることもできた。そんな自分も、経験を積むうちに、時間をかけて推敲すれば、納得の行く作品がつくれるようになった。
時は流れて....今や時間をかければ携帯だけでもかなりちゃんとした作品が録れる。凄いことだ。一方でSNSや動画をダラダラ観ていればどんどん時間は溶けていくし、ものづくりも完成の瞬間を見極めずに創り続けていたら、際限なく同じ作品を改変し続けてしまうかもしれない。何でもできる、何でもありの時代だからこそ「自己批評」は大事。Z世代のアーティストたちが時々凄く冷静で達観して見えるのは、コメントや再生回数という容赦ない「批評」(あるいは「客観」)の中をかいくぐって来ているからなのかもしれないな、なんてふと思った。
話が脱線しすぎた。
知ってる曲なのにどこか違う、あるいは平行世界に存在したもう一つの過去、そんな「Nice Painting ! vol.3」、楽しんでもらえたら。
*曲解説
1.Timeless (2008.5.9.mix1)
デビュー20周年記念アルバム『Rainbow Magic』(2009)に収録された曲。GANGA ZUMBA(宮沢和史君を中心とした多国籍ミクスチャーバンド)のギタリストとして活発に動いていた時期でもあり、このデモはラテン的グルーヴが色濃い。これはこれで良い感じ。
最終的にレコーディングされたバージョンは、高橋幸宏さんのアイデアでシティポップ的なアプローチになった。
CDの参加ミュージシャンは、Dr:高橋幸宏 Bass:沖山優司 E.pf:堀江博久 Cho:イシイモモコ Programming:ゴンドウトモヒコ Str:四家卯大ストリングスという豪華布陣。
2.漂う世界 (2008.6.13.) 5:25
シングル『Black & White』(2009)のカップリングに収録。最終形とは歌詞やメロディ(特にサビが)が違う。リズムギターはアコギで録音して、後で無理やり歪ませている。最終バージョンではギターソロも割愛された。今聴くと悪くないけど、当時はそういう気分じゃなかったんだろう。
3.天使と悪魔 (2007) 4:23
未発表曲。存在すら忘れていた、今回発掘されたお宝の原石。歌詞が気に入らなくて放置していたんだと思う。今朝、新しく歌詞を書いたので近いうちに発表したい。こんなふうに何年もかけて(中には20年以上寝かせてから)完成した曲が、今までにも多々あった。
4.Skylove (2007) 2:57
宇宙には国境はない。国際宇宙ステーションをモチーフにした歌詞。その後、弾き語りで歌っていたのだが、2008年にGANGA ZUMBAのレコーディングでブラジル・リオデジャネイロに行った時、友達のKASSINのスタジオに遊びに行ったらノリでセッションすることになり、その時の遊びの録音がベーシックとなってアルバム『Kameleon Pop』(2011)に収録された。B:KASSIN Ag:Moreno Veloso Dr:Domenico。リオの友達、みんな元気かな?会いたいな。
5.GLOW (2008) 5:38
同じく『Kameleon Pop』に収録。Dr:宮川剛(GANGA ZUMBA)Pf:斉藤哲也(ナタリーワイズ)二人共長い付き合い。
6.小さな“YES” (2005) 4:36
2005年に行われた、TOKYO FMの同名のキャンペーンのために書き下ろした曲。ジョン・レノンがオノ・ヨーコの個展で初めて出会った時のエピソードがモチーフ。このバージョンは、忌野清志郎さんのスタジオ「ロックンロール研究所」と備え付けの楽器をお借りして、トッド・ラングレンスタイルで全部の楽器を演奏。ドラムも自分で叩いてる。人生で唯一ちゃんとドラムを叩いた録音かも。後に『Rainbow Magic』に収録。
CDバージョンは、Dr & Tambourine:宮川剛 Bass:鈴木正人 E.guitar:松江潤
7.Black & White (2008 ver2.1) 3:09
『Rainbow Magic』ではシングル曲『Black & White』と『Pain』の2曲を亀田誠治さんにプロデュースしてもらった。曲作りの初期から何曲ものデモを聴いてもらい、その中からシングル曲を絞り込み、日記のようにデモを録って亀田さんに送り続けた。
アレンジは亀田さんに委ね、僕はひたすらメロディと歌詞を磨き上げることに徹していた。このバージョンはまだ歌詞が定まる前。サビの「Yin & Yang (陰陽)時を駆け抜けて」のフレーズはもっといい言葉があるはず!と亀田さんに激を飛ばされて、「フィギュアスケート競技会で競技後、選手とコーチが採点結果の発表を待つために、スケートリンク脇に設置された小さなスペース」の名称「Kiss & Cry」が詩的で意味がハマることを発見、強いサビになった。アルバムバージョンでは亀田さんがアレンジとベースを担当。
8.あけぼの (2008) 3:54
『Rainbow Magic』収録曲。アルバムでは、エレピを弾いてくれた堀江博久君が、イントロ後半のメロディをひらめきで少し変えてくれて、印象的なリフレインになった。ドラムは坂田学くん。
9.ハルノヒ (2009.1.15.) 2:38
noteなどでちらっと発表したものの、未だ正式に録音されていない曲。もちろん、正々堂々弾き語りの一発録り。
*最後に
この「サポート」は、いわゆる「投げ銭」です。 高野寛のnoteや音楽を気に入ってくれた方、よろしければ。 沢山のサポート、いつもありがとうございます。