土曜ソリトンSide-B : あれから20年⑦
その7:僕と教授とテイ君のこと - part2
「土曜ソリトンSide-B」開始から遡ること一年前の1994年。この年、高野寛の活動はそれまでのポップシンガーとしての枠から大きく逸脱してきた。
まず、坂本龍一さんのソロアルバム「Sweet Revenge」へのヴォーカルとギターでのゲスト参加。そしてテイ・トウワ君の「Future Listening !」のギタリストとしての参加。この2つの録音は東京で行われた。当時ADATというVHSテープを使ったデジタル録音の機材が開発されて、国境を越えて録音することのハードルがずいぶん下がったという背景もあった。それまでは何㎏もあるマスターテープを運ぶことでしか出来なかった国境を超えたレコーディングが、ヴィデオテープの郵送でも可能になったのだ。
テイ君の「Luv Connection」の録音の時、スタジオにはレンタル楽器のコーラル・エレキシタールが用意されていた。スタイリスティックスの曲でサウンドは知っていたが、実物に触れるのは初めてだった。60年代のヴィンテージで、乾いた音がした。手にとって「コレは自分に合う!」と感じて、タイミングよくその頃リイシューされたジェリー・ジョーンズの楽器を買った。90年代後半はエレキシタールを弾き倒したが、実はきっかけを作ったのはテイ君だったのだ。
※ソリトンで「ノルウェーの森」を弾いた時↓
おなじ年の初夏。僕は坂本龍一さんのプロデュースの元、新しいシングル曲「夢の中で会えるでしょう」をニューヨークで録音していた。デビューアルバムの高橋幸宏さん、3rd、4thのトッド・ラングレン以降はセルフや共同プロデュースで作り続けてきたけれど、久しぶりの全面的プロデュース、そして海外録音だった。
蓮沼執太君が最近この曲に初めて触れて「日本的なメロディとR&Bのグルーヴが違和感なく融合しているのが面白い」と評してくれた。当時アメリカで一番盛り上がっていたヒップホップのグルーヴを表面的でなく注入できたのは坂本さんのプロデュースとNY録音のたまもの。そして「東洋のメロディと黒っぽいリズム」の融合は言うまでもなく細野さんやYMOが70年代末から実験してきたテーマでもある。
こうして、にわかにギタリストとしての活動が活発になり始めたころ。驚くべきオファーが舞い込んだ。坂本龍一さんのワールド・ツアーへの、ギタリストとして参加依頼だった。
(続く)
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※矢野さんと細野さんゲストの回・ダイジェスト映像http://cgi2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009010638_00000
※ソリトンSide-B、YMO特集、坂本龍一さんゲストの回、沖縄ロケの回が再放送検討中とのことです。
http://www.nhk.or.jp/e-tele/onegai/detail/45754.html