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2021.2.1(月)わかってもらえるさ

昨夜寝る前に、久しぶりに(紙の)ノートに詞を書いてみようと思い立った。日付を見たら2ヶ月ぶりだった。詞を書いているうちにメロディのイメージが浮かんできたので、寝床から這い出してボイスメモに録音する真夜中。いつか発表できるかな。

創作、特に真夜中の曲作りは、自分の意識の底に深く潜る旅だ。そこには自分以外誰にも入れない宇宙が広がっている。昨夜、エアコンの音とインジケーターの明かりしかない暗い部屋の中で、ずっと昔から慣れ親しんできた隠れ家に戻ってきたような懐かしさを感じた。

ネットが普及する以前は、真夜中は安息の場所だった。いつの間にか一日の大半を画面を見て過ごすようになって、意識の旅に出る機会はめっきり少なくなってしまった。

コロナ禍以降、画面を見ていると、常にどこからか不安が飛び込んできてしまう。今みたいにほとんど外出しないで仕事をしている時には本来気にしなくていい事柄も、次から次へ目に入って、寝る前にもつい、そのことを考えてしまったりする。

今日から眠る前は、自分だけの意識の旅に出ようと思った。暗くて静かで、果てしない闇の中に、小さな明かりを灯す旅。外に広がる不安な世界から逃れて、内なる世界に深く潜る。そこで捕まえた見たことのない宇宙のかけらを持ち帰って、光り輝くまで磨くのが僕の仕事。

深い眠りから目覚めたら、暖かい一日だった。

金曜日にbandcampでアンビエントのインストを配信リリースするので、特典のデジタルブックレットを作っている。今まではセルフライナーノーツを書いたりして、テキストに重点を置いてきたけど、今回は言葉で説明するのはやめようと思った。

音楽は出来たので、音のイメージを補完してくれる写真をもう少し撮ってみようと思った。日がな一日、ピンぼけとブレた写真だけ80枚くらい撮っていた。久しぶりにバッテリーが無くなるまで撮った。

夕暮れ時、街路樹越しに夕陽を撮っていたら、散歩中の見知らぬおばさんに「何を撮ってるんですか?」と声をかけられたので、「ここで光を撮ると、こんな感じに撮れるんですよ」とアブストラクトな画像を(マスク越しだが)にこやかに見せたら、あからさまに戸惑いの表情。「あ、え、わ◯△✕□...」と言葉を濁して、そそくさとその場を立ち去ってしまった。やばいものを見てしまったような表情をしていた(笑)

最高に綺麗なのが撮れたと思ったんだけどな。

アートは既成の価値観を揺さぶるためにある。残念ながら、アートに打ちのめされた経験のないまま一生を終えてしまう人はまだまだ多い。アートはスポーツほど一般的ではない。アートには勝ち負けがない、だからわかりにくい。オークションの値段や再生回数は本当のアートの価値とは違うものだ。毎日のニュースで、スポーツの後に必ずアートを紹介してくれたら、世界はどんな風に変わるんだろう、といつも思う。

きっといつか、わかってもらえるさ。

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高野寛のnote
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