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『Nice Painting ! vol​.​4 』セルフライナーノーツ

*この記事はbandcampから2023年8月4日(金)配信リリースのアルバム
『Nice Painting ! vol.4』の紹介です。左下の「▶」をクリックして、曲を聴きながら読んでみて下さい。

Nice Painting ! vol​.​4 / 高野寛
1.LOV (ver.2 2008) 3:34
2.道標 (2009) 3:45
3.free (2010.6.28.) 4:02
4.Magic Days (2008. neo aco) 4:14
5.prism (2006) 3:39
6.Teardrops (ver.3 2010.7.22.) 4:20
7.ないものねだり (2014) 4:42
8.季節外れの風吹く街で (2008) 4:40
9.Petal / 花びら (2014) 2:47
10.みじかいうた (2010 live) 3:12

全作詞・作曲・編曲:高野寛
Recorded & Mastered by HAAS 2023.

*2006〜2014年に録音されたデモ音源に、最新リマスターを施してコンパイル。聴いたことがある、けれど、どこかが違う。
まるで並行世界から発掘されたような作品集・その2。


*セルフライナーノーツ「デモ、でも、デモ以上 」

昔から、デモ音源に目がない。
完成版を楽しんだ後に、シングル盤のB面や再発CDのボーナストラックに追加されたデモには、手作り感の残る音の向こう側に、作者の初期衝動や試行錯誤や創作過程が垣間見える。そんな、完成しきっていない作品にとても魅力を感じてしまう。自分にとっては自然なそんな嗜好は時に「マニアック」と言われた。もう、慣れたけど。

「何かいいデモ音源の例はないかな」と思って検索してたら、あっという間に何十分も過ぎてしまった。デモの沼は深い..…


2023年4月7日に、デモ音源集「Nice Painting ! Vol​.​3」をリリースした。https://takanohiroshi.bandcamp.com/album/nice-painting-vol-3-2

その直後、同時期の忘れていたデモ音源が更にアルバム一枚分ほど発掘された。作曲〜録音中は何度も聴くけれど、発表した後の作品はめったに聴かなくなる。制作過程のデモのことなどすっかり忘れてしまう。

記憶に薄いデモとの10年以上ぶりの再会。久しぶりに聴くと、最終バージョンとはアレンジや歌詞がところどころ違っていて、「あれ、こっちも悪くないな」と感心したり、「こんなことをやろうとしてたんだ」という発見もあって、繰り返し新鮮に聴けた。少し前の写真が不意に出てきて「ああ、この人に会ったな」「あそこに旅行に行ったっけ」と思い出した時のような、忘れかけていた近過去の記憶を巻き戻した。


『Nice Painting !』シリーズは、宅録系SSWである高野寛のデモテープ = つまり正式に発表する前の“下書き”(主に未発表曲)の中から、出来の良いものを年代別にセレクトしてコンパイルしたデモ音源のシリーズ。1980年代末・学生時代のカセット録音の『vol.0』に始まって、90年代の『vol.1』、ゼロ年代の『vol.2』(番外編としてコロナ禍に制作した『2021』も)が、bandcampからリリースされている。

「Nice Painting」という慣用句には「よくできました🌸」という意味があるらしい。僕は絵も描く。デモ音源は、絵画で言えばデッサンや習作のようなもの。ラフに創ったデモを集めたアルバムのタイトルとして、とてもしっくり来た。ちなみに今回のアートワークは音源が整った後にiPadで描き下ろしたもの。以前アクリル絵の具で描いたvol.3のアートワークを発展させるイメージで描いてみた。

左:vol.3       右:vol.4

これも前回のセルフライナーノーツからの繰り返しになるけれど、20世紀と21世紀では「デモ」の意味と価値が随分変わってきている。

かつてデモはあくまで“下書き” で、レコーディングではスタジオに入って、ほぼ1から録り直していた。「宅録音源は音質が悪く、CDにするにはクオリティが低いから」と大人たちは若者に告げた。(それを覆したのは、民生機の8トラックで制作したアルバムで衝撃的にデビューしたBECKに代表される「ローファイ」という概念だった)

やがて、2000年頃から録音媒体がテープレコーダー→ハードディスクレコーダー(デジタル録音機)→PCへと徐々に移り変わり、プライベートスタジオや自宅で録った音源をそのまま作品にすることが当たり前になった。21世紀のデジタル録音以降、デモ音源はローファイではなくなり、「下書き」と「作品」は地続きになり、境目がはっきりしなくなった。

「録音」と訳されている「Recording」という単語は、直訳すれば「記録」。でも、PCで録った音は記録であり“データ”でもある。データはあとから並べ替えたり、切ったり貼ったり、縮めたり伸ばしたり、いろいろ加工できてしまう。改変可能な記録なのだ。

例えるなら... スマホで写真を撮って、目を大きくしたり、肌をツルツルにしたりしたりするアプリを想像してもらえばわかりやすいだろうか。

フィルムカメラで印画紙に写真を焼いていた時代、録った写真は簡単には加工できなかった。写真は「真実」を「写して」いるから「写真」... 誰もがそう思っていた20世紀も、だいぶ遠くなった。

今や「*画像はイメージです」なんていう、よくよく考えると説明になっていないキャプションを、みんななんとなく受け流している。

たしかに「画像はイメージ」ではある


今回記録用として残していた(元々はクオリティがあまり高くない)音源を、最新AI技術なども駆使しつつ、ピカピカに磨いてみた。すると、最終形のアルバム音源とは一味違った、デモ音源を超えた新しい作品が誕生した。

歌詞もアレンジも、推敲前の走り書き的な箇所もあるけれど、それは見方を変えれば初期衝動感情の凸凹でもあり、時の彼方に消えてしまったおぼろげな瞬間でもある。

今だからこそ世に出すことができた「Nice Painting ! vol.4」。
楽しんでもらえたら嬉しいです。


*曲解説* 

1.LOV (ver.2 2008)
デビューしたときから「恋愛だけじゃないラブソング」を書こうと挑戦してきた。久しぶりに取り組んだそんな普遍的なテーマ。2007年から参加していたバンド・pupa(ピューパ )の影響が滲み出ている曲。pupaは高橋幸宏さんの呼びかけの元に、原田知世・高野寛・高田漣・堀江博久・権藤知彦という面々で結成された。2000年代初頭のヨーロッパから発生したエレクトロニカ/フォークトロニカのムーブメントに共振したpupaの作品は、今聴いても古びていないと思う。
このデモに高橋幸宏さんのドラムと沖山優司さんのベースを加え完成したのが、デビュー20周年記念アルバム「Rainbow Magic」に収録されている最終バージョン。アルバムでは、1曲め「humming bird」と2曲め「LOV」が繋がっているのが聴き所。


2.道標 (2009)
同じく「Rainbow Magic」に収録されている曲のデモ。アルバムでは、Dr:宮川剛 / B:鈴木正人 / Gtr:松江潤 / 徳澤青弦ストリングスを加えて新たに録り直している。歌詞も最終形とすこし違っている。実は、忌野清志郎さんのことを想って書いた。


3.free (2010.6.28.)
当時よく聴いていたJames Yuillの影響を感じるバージョン。12枚目のアルバム「Kameleon Pop」(2011)より前の2010年に完成していたが、アルバムの選曲からは漏れてしまった。
4年後の2014年、ブラジルの友人たちとの完全生演奏で創った25周年記念アルバム「TRIO」に収録される。デモバージョンは、歌詞も最終型とはすこし異なる。この曲を書いたときのあの頃の気持ちを振り返ると、リーマンショック(2008)以降じりじりと窮屈になっていった社会の空気は、今世界を覆っている霞のような不安感と地続きなのだと気づく。


4.Magic Days (2008. neo aco)
「neo aco」とある通り、Prefab Sproutなどの90年代のネオアコサウンドのイメージで録られたデモ。「Rainbow Magic」の選には漏れ、2年後のアルバム「Kameleon Pop」に収録。最終形はエレクトロニカアーティストのYuri Miyauchi君がプログラミングしたリズムをフィーチャーした、アコースティックかつスピード感のあるアレンジに生まれ変わっている。


5.prism (2006)
「Rainbow Magic」で「初恋プリズム」と改題して完成した曲のデモ。この後、コトリンゴさんのピアノと坂田学君のドラムを加えて完成。実はこの曲は90年代初頭にはすでに弾き語りのデモがあって、20年以上寝かせた後、仕上げた。作りかけの曲を何年か寝かせて発表することも珍しくないけれど、中でも今のところ発酵期間最長の楽曲かもしれない。


6.Teardrops (ver.3 2010.7.22.)
「Kameleon Pop」に収録された「Time Drop」の完成手前のバージョン。この後、宮川剛君のドラムを加え、歌詞もすこし変えて最終形となった。ギターソロは、デモの音源が最終形にもそのまま使われている。最終形の冒頭のねじれたような音ができた時、この曲が完成したと感じた。


7.ないものねだり (2014) 4:42
25周年記念アルバム「TRIO」は、ブラジル録音、打ち込み未使用、脱・宅録がコンセプトだった。こんなラフなデモも作ってあったが、現地では弾き語りでメンバーに曲を聴いてもらって、みんなでアレンジを考えながら録音した。デモは、アルバムの構想を伝える時にプロデューサーのモレーノ・ヴェローゾに聴かせただけ。曲を練るためにつくられたスケッチで、本来の意味でのデモ音源。間奏のやさぐれたファズギターのソロが適当でなかなかいい。完成形はデモよりテンポが早くなっている。終盤の「あることないこと 覚えてばっかり〜」のくだりは、ブラジルで録音中に思いついて追加した。


8.季節外れの風吹く街で (2008) 4:40
このデモのアレンジを元に、Dr:坂田学、B:沖山優司、Organ:斉藤哲也(ナタリーワイズ)という面々の演奏を加えて「Rainbow Magic」に収録された。最終形とは一部メロディが違う。この時代はまだスマホがなかったので、「僕の目の前でメールを見つめる...」と歌っているが、最近のライブでは「LINEを見つめる」に替えて歌ったりしてる。電話は、歌詞の小道具の中でも最も時代が反映されるものの一つかもしれない。何年か後、LINEに代わる新しいコミュニケーションツールができたら、また替え歌にするかもしれない。「天気予報聞いて 真に受けていたら...」という歌い出しは、頻発する異常気象が気になっていたから。最近は一層天気が不安定だが、予報の精度が上がってきているので、逐一調べればゲリラ豪雨も回避できるのはありがたい。気候変動と技術革新の攻防はまだまだ続くんだろう...余談でした。


9.Petal / 花びら (2014) 2:47
「TRIO」収録曲。多分、iPhoneのボイスメモで録った音源。歌とギターを同時に録るのがその頃の大きなテーマだったので、すべての曲を事前にライブで歌いこんで、弾き語りで演奏できるように仕上げてからブラジルへ渡った。アルバム「TRIO」はブラジル録音だが、曲調にそれほどブラジル音楽の影響は濃くない。そんな中でもこの曲のギターの雰囲気は、一番ブラジル的かもしれない。デモのタイトル「Petal」も、最終バージョンの「Petala」も、ポルトガル語(ブラジルの公用語)で「花びら」の意。


10.みじかいうた (2010 live) 3:12
2018年発売のアルバム「A-UN」収録曲。いつこの曲を書いたのかは忘れてしまったけど、8年以上熟成させてから録音したことになる。アルバムはダージリン(Dr.kYon+佐橋佳幸)プロデュースによるバンド一発録りの作品で、少しサイケデリックな間奏を挟みながら、70’sのSSWのテイストに仕上がっている。
40代を過ぎ、10年があっという間に過ぎていくようで、やりたいことは歳と共に多くなり、反して時の過ぎる速さは歳を追うごとに加速する。
あっという間の“ひと昔”を、あと何度振り返ることができるだろう?
坂本龍一さんが最期に引いたことば、「人生は短く、芸術は永い」を、あらためて胸に刻んで。


* bandcampは、アメリカの独立系ミュージシャンを中心とした配信サービス。サブスクリプションやダウンロード販売の配信サービスとは違って、試聴フリー&投げ銭→ダウンロードを基本とした形態で、根強い人気を誇っています。

2023年8月現在、高野寛bandcampには44アイテム・250曲以上の、ここでしか聴けない音源がアップされています。大半は無料試聴可能です。

コロナ禍が始まった2021年、ツアーができなくなったミュージシャンを救済するために、bandcampは毎月第一金曜日に限り、決済手数料を除く売上のすべてをアーティストサイドに還元するサービス「bandcamp friday」を開始。日本でも高野寛、カーネーションなど多くのアーティストがレア音源をbandcampで発表し、ファンとのコミュニケーションを深めました。

コロナによるイベントの制限がほとんどなくなった2023年も、bandcamp fridayの継続がアナウンスされています。僕も音源があるかぎり、リリースを続けようと想っています。いつもサポートありがとうございます。

* 高野寛bandcampはここから↓


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高野寛のnote
この「サポート」は、いわゆる「投げ銭」です。 高野寛のnoteや音楽を気に入ってくれた方、よろしければ。 沢山のサポート、いつもありがとうございます。