空白の数日であったこと
神は言っている、ここで死ぬ運命ではないと――
今回、しばらく更新が途絶えていました。
その間にどのようなことが起きていたのかについて、記事にします。
今日に関してだけは、相続関係ではないことをお詫び申し上げます。
冒頭はとあるゲームからの引用ですが、冗談抜きでそれに近い出来事が起きておりました。
具体的に言うと、極度に精神状態が悪化し、とあるところに医療保護入院していたのです。
私の家族は、今は母のみが生存しています。
少し前に、闘病中であった父が亡くなった関係で、静岡市にある賃貸物件から、実家に戻ってさまざまな手続きを手伝う必要性がありました。
その中で、母とのやり取りにおいて非常にストレスが溜まっていきました。
母は、介護の疲れもあるとは思うのですが、非常に「脳の働きが低下している」状態になっており、私が「何度も同じことを説明する」ことになっていました。
私は完璧主義者であるため、この繰り返しに耐えられず、だんだん口調が荒くなっていったのは事実です。
加えて、こちらに質問する際も「自分で何を質問しようとしているのか分からない」ことや、「話している間に、別の話にずれてしまう」などのような状態が発生し、私は極度に疲弊していきました。
そして母は、私に対して最近怒りっぽい、言葉遣いが荒い、すぐに攻撃的になるなどと、こちらが悪いと断言する口調で非難し続けました。
その結果、私の精神状態は非常に不安定になり、更に攻撃性が強まるという悪循環に陥っていました。
決定的だったのは、母方の親せきの家に行った時のことです。
その時点ですでに、私の心は耐え切れない状態になっており、その親せきの家でも顔がこわばった状態のままでした。
それに対し、帰りの車内で「あんな顔はないでしょう! 普通の顔をしなさい!」と、母に怒られたのです。
精神状態が極度に悪化した人間に、普通の顔をしろという命令は、あまりにも酷なことだと感じました。
そのため、ついに限界を超えてしまいました。
静岡にある賃貸物件で、死のうと考えたのですが……最後にギリギリの状態で、実家にいる段階で救急連絡を行い、病院に運ばれました。
恐らく私は、限界の状態でなお、生きようとあがいたのだと思います。
考えてみれば、逃げ出してホテルに泊まる、美味しいものを食べるなど、ストレスを解消する手段はいくつもありました。
ですが、極度のストレス状態においては「賃貸物件に行って死ぬこと」か、「救急搬送され、精神病院に入院する」ことのどちらかしか、選ぶことができないほどの視野狭窄状態に陥っていました。
私自身も、恐らくストレスで脳の働きが弱っていたのだと思います。
現在、実家で相変わらずの母の話に付き合っている状態です。
ですが、今は母の方も自分の認識能力の低下を自覚しているため、こちらが耐えられなくなるほどのストレス状態ではなくなっております。
その認識をさせただけでも、今回とった手段は最善ではなくとも、最悪ではなかったと感じています。