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54.飛行機嫌いのためのラウンジ


これが飛行機嫌いのためのラウンジだ!

 杉山は、飛行機が嫌いだ。
 高所が苦手だからだ。
 かといって、恐怖症ではない。
 人に恐怖を隠せる程度には適応できる。高所苦手症。飛行機苦手症。観覧車苦手症。脚立苦手症。
 仕事で、かなり飛行機に乗る。
 本当は、日本のどこであっても鉄道で行きたい。それは叶わない。アポに間に合わないからだ。高額を支払って苦手なものに乗るほど、バカくさいことはない。だが、やむを得ない。
 飛行機嫌いのための、隠しラウンジがあるそうだ。
 空港ではない。
 機内に、である。
 座席にある、オーディオやリクライニングのスイッチを駆使し、特殊な隠しコマンドを入力すると、トイレのそばの隠し扉がフィーッと開く。
 中に入ると、管制室みたいな暗い部屋に出るらしい。
「――ゴンチバ。ラウンズデ、アルダデヤ。モウ、アンシヌ、デチル。アビナイオモイ、センダヤデー」
「好きなところに座ってよいの?」
「サイ。ボチロン」
「じゃ、ここにしようかな」
 そこでは、いま乗っているはずの飛行機を、第三者目線で見られるばかでかいモニターがあり、高そうなソファーがあり、バーカウンターがあり、コンシェルジュがおり、シートベルトはなく、救命胴衣もなく、揺れもなく、したがって恐怖もない。
 ただ、入場料はとられる。
「カネ、トリマス」
「は」
 かなり高い。
 片道運賃の、きっちり3倍だ。
 これを払えば、しかし着陸のときまで、まるで他人事のように飛行機はゆく。次にフィーッとドアの開いたときが、到着のときだ。
「トゥキバシタ」
「うわ、ほんとだ」
 このラウンジは機内にあるのではなく、やはり空港にあるんだと言う人もいる。きっとテレポーテーションの技術を使っているんだ、とその人は言った。いや、それならはじめから空港から空港へとばしてくれと言ったら、いや、それもできるって。だけど8倍かかるらしいよ。ケッタイな話である。
 ――こんなラウンジは、もちろん実在しない。
 本当にこんなラウンジがあるなら、使わせてほしい。
 あるなら、本当に。 
 払うから。
 だれか。


 
 

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