08.怪同人スマタラ
肩をたたかれた。
振り向いて、ぎょっとした。
集団だ。
みんな、白衣を着て――
マスクをつけているのだ。
「なんです?」
「本を書いてくれませんか」
「は」
「本を」
「あなたがたは?」
「われわれは、同人スマタラです」
同人スマタラ?
なにかのサークルか?
宗教団体か?
「こちらにお書きください」
ひとりが、原稿用紙の束をおしつけてきた。
どこにでもある、普通の原稿用紙だ。
「明日のこの時間に、ここでお会いしましょう。そのときに原稿用紙をお渡しください」
「ちょっと待って」
まったく、わけがわからない。
ぼくになにを書けというのだ?
ぼくは、ただのサラリーマンなのだ。
俳句ができるでも、詩がつくれるでもない、まるで文才のない男なのである。
それを伝えると、
「そんなこと関係ありません。同人スマタラは、あなたを選んだのです。同人スマタラは、あなたをふくめた構成員の作品を編んで、こんどの集会で頒布するのです」
「集会?」
「はい。文学誌の集会です」
フリーマーケットのようなものか?
だが、なぜぼくのような素人を?
「明日、必ずお越しください。それから、おわかりかと思いますが、文字は一切記載なさらないでください。文字があると、読むことができませんから」
「…………」
――言葉もなかった。
だがとにかく、ぼくは、指定の原稿用紙を提げて、うちに戻ったのだ。
ばからしいけれども、もしかしたら、同人スマタラの連中が、ぼくを尾行してやしまいかと思ったのだ。
原稿用紙を棄てでもしたら、一目散に駆け寄り、叱責するかもしれない。
ならば、明日の約束をすっぽかしたら、どんな目に遭うかわからない。
急に不安になってきた。
うちまで来られても面倒だし、強要罪が成立するなら警察に突き出そうかなどと、厄介なことばかり頭にうかび、つまるところ、同人スマタラに言われたとおりに原稿提出することが最善の策ではないかと思いいたった。
原稿用紙を前にする。
小説を書けばよいのか、詩を書けばよいのか。
いや、書いてはいけない、とスマタラは言った。
文字を使うなというのである。
ならば、想念か。
想念。
それしかあるまい。
まったく、ばかみたいだが――
ぼくは、原稿用紙を前にして、会社の連中が急にゾンビ化したため、屋上にいたぼくが、アサルトライフルでゾンビをかわしながら地階にたどりつくという、くだらない想念を浮かべた。ちゃんと、いいころ加減のところで原稿用紙をめくりながら、である。
翌日。
同人スマタラの連中は、喜んで原稿用紙を受け取った。ひとりがちらりと原稿を読み、これは傑作の可能性がある、とうそぶくのを聞いたとき、思わず冷たい笑いがこぼれた。
のみならず、原稿料をもらった。
大金ではないが、わけもなくもらうには、気がひける額であった。
いらないといっても、じゃあここに棄ててしまいますからなどと、子どもみたいなことを言い、結局、ぼくに受け取らせたのである。
その原稿料で、帰り道に、バービィ人形を買った。娘へのおみやげである。
「アバー、アフア、ウッキャア!」
後日。
そのフリーマーケット――文学誌の集会に、たまたま会社の人が行っていて、同人スマタラはたしかにいたよ、と教えてくれた。
なんでも、同人スマタラの連中は、みな白衣を着て、白い本を、同じように白衣を着た集団に売っていたという。結構売れてたみたい。同人スマタラっていう、パフォーマンス集団かな? という話であった。
パフォーマンス集団ならよいが、一連の行動から、そんな次元の集団ではない可能性もはらんでいるのであり、よりによって原稿料を娘に使ったことが、いまさらながら気がかりだ。妻だって、この話を聞けば猛り狂うかもしれないのである。
バービィ人形は、こっそり棄てよう。
それから、いつでも返金できるように、お金も下ろしておかねばならない。
きみのもとを、もしも怪同人スマタラが訪れたら。そのときにどうするか、考えておくことをすすめる。