67.その夜に見たもの
1996(平成8)年、北海道某市で起きたことだ。
当時、中学生だった冨田さんは、バスケットボール部の練習が終わったあと、家路についた。
だが、体育館に、練習着を忘れてきてしまったことに気がついた。
練習着は、今日のうちに洗い、明日、また着なければならない。面倒だが、取りに戻ることにした。
体育館に、電気はついていた。
だれか残っているのだろうか?
とにかく、すぐに取ってこよう。
ところが。
体育館の、入り口の扉が閉まっている。
鍵が掛かっていると厄介だが――
開いていた。
ぐい、扉を押す。
と。
そこに――
――靴だ。
無数の靴が――
まるで、集会の整列のように、規則正しく並んでいるのだ。
「…………!」
のみならず、声。
声だ。
声が聴こえる。
これは――
歌。
賛美歌だ。
きれいな、男女の混声合唱で――
妙なる調べ、といった感じなのである。
だが、合唱をしている人など見当たらないし、中学校に合唱部などない。
では、だれの歌声なのだ?
急におそろしくなり、慌てて、扉を閉めた。
そしてまた、おそるおそる、開ける。
少しだけ。
すると――
闇。
真っ暗なのだ。
電気は消えているのである。
「あれ? 冨田じゃないか」
とびあがるほど驚いた。
顧問の先生が、後ろに立っていた。
震えながら事情を話すと、先生は体育館の電気をつけてくれ、ほら、待っているから、さっさと取って来いと言った。
もちろん、体育館の床には靴などなく、賛美歌も、まったく聴こえてこなかった。