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02.侍が教室に!

 1979(昭和54)年、北関東のある中学校で起こった出来事である。
 社会科の池添先生は、ロボットというあだ名で呼ばれていた。時間ぴったりに教室にやって来て、余談もせずにたんたんと教科書を読み進め、チャイムが鳴るとともに職員室に帰るのだ。
 ところが、その日は始業のチャイムが鳴っても、池添先生が現れない。
 こんなことは、初めてだった。
 教室が、だんだんそわそわしてきた。
 おかしい。
 なにかあったのだろうか?
 そのときだった。
 ガラガラっと戸が開き――
 いた。
 武士だ。
 侍なのだ。
 ちょんまげ頭の、袴姿の侍が入ってきたのだ。
「どういうわけです?」
 だれかがわめいた。
「先生、どうしたんです?」
 そうなのだ。
 ちょんまげ頭ではあるが――侍は、池添先生にほかならなかった。
「だまれ!」
 池添先生は、絶叫した。
「戦がどうの、争いがどうのと、ひとごとでいられるぬるま湯の世だ! いつも、大勢の人間が死んだのだぞ!」
「なんだ?」
「どういうこと?」
「だまらんか!」
「まあまあ」
 学級長が、立ち上がり、なだめだした。
「先生、悪ふざけはよして、授業にしましょうよ。これじゃ笑えませんよ」
「なに、無礼者!」
 池添先生は、刀を抜き、そのまま学級長を撫で斬りにした。
 教室に、悲鳴がまきおこった。
 学級長が、血しぶきを上げて倒れたのだ。
 生徒たちは、我先にと教室から逃げだした。
 騒ぎをきき、よその教室から教師たちが走ってきた。
 教室には――
 わけがわからないといった様子で立ち上がった、傷ひとつない学級長と、こちらも、ぽかんとした池添先生とがいるだけだった。
「今日の授業は、幕末期のごたごたをやるつもりだったんです! ぼくの授業は四角四面でつまらないと言われるから、今日は侍の格好をして、おもちゃの刀を提げていったのだが……自分でも、わけがわかりませんよ!」
 昭和54年、おだやかな春の日に、本当にあったことだ。

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