ショート:ペペロンチーノ
「ごまかさず、シンプルに。」
彼女はよくそんな風に言っていた。
飾りっ気のない人だったように思う。
白いTシャツ、スキニージーンズに黒いパンプスなどといった、誰が着ても変わり映えのしないような洋服ばかりを好んでいた。
ただ、なにがそうさせたのだろう、ついぞ分からなかったが、それを彼女は誰よりも美しく着こなしていた。
静かに笑う唇だけはいつも真っ赤だった。
洋服やアクセサリー好み、着飾ることに価値を感じていた僕は、しかしなぜだか彼女に心惹かれていた。理由は分からなかった。
二人きりで出かけることもないではなかったが、フワフワした関係の末、やがてすっかり彼女とは会わなくなった。
なんてことのない平日、同僚とランチに入ったパスタ屋で、ペペロンチーノを見て彼女を思い出した。
オイルを通った健康そうなパスタに、ひそやかに和えられたパセリ。そして燃えるような赤をたたえた唐辛子。
選び抜かれた食材を、丁寧に使っているのだろう。今まで食べたパスタの中で一番だった。
彼女だってきっとそうだったんだ。
あのとき気が付くことのできなかったシンプルであるゆえの美しさを、今になって噛みしめることになった。